“世界の工場”の現実を間近で見た: iPhoneも中国人の血と汗で作られる

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市(まち)の中心部の小さなオフィス街で待ってるぼくの前に、くたびれた白いバンが停まり、運転していた男が後ろに乗れとあごで合図をした。車の表面には塵が分厚く積もって固着し、新しいブルーのベルベットがかけてあるシートはぼくには狭すぎる。体をまるめて後部座席に乗りこむと、車はやがて大通りに入った。前からも後ろからも大量の車がびゅんびゅん飛んでくる。バイクが何度も何度もぼくの車の前へ平気で出てくるが、運転している彼はなにも感じていない。最後まで、彼は笑顔のまま運転を続けた。

これから行くところはShenzhen(深圳)郊外の工場だ。この市(まち)の1400万の人びとの多くが、もっぱら、われわれアメリカ人が買うものを生産している。それは、ビープ音を鳴らして電話をかけてくれるやつ、あるいは最近はますます、きみが今着ているもののほとんどが、ここから来た製品のはずだ。市の中心部をぬけて郊外に入ると、そこから5車線の高速道路に乗ってスモッグの中を走る。周囲は岩だらけで、まるでカンフー映画のロケ地だ。これが中国の現代だ。善悪好悪新旧複数の相反するイメージが同居し、それでも、とどまるところを知らぬ成長を続ける中国だ。

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工場群は市の郊外40分ぐらいの特別経済地区にある。しかしこの工場団地から製品や資材を乗せて出入りする大量の車と、工場そのものからの煙があたりに充満し、なんか不吉な雰囲気もするが、対策は今のところなにもない。バイクは交通安全と環境のためにこの地区では禁じられているが、ぼくが今乗っている車がここの平均的な自動車修理技術のレベルを表しているのなら、この市(まち)の空が青く見えるようになるまで何年かかることやら。スモッグが濃いのは11月の寒気のせいもある。郊外や、いや市内でも、薪が暖房に使われている。春になるまでこんな空だし、夏は車のアイドリングやエアコンのフル稼働でまた…。

車が特別経済地区にのろのろ入っていくと、路上は仕事帰りの人たちの列になっている。1台のバイクをぎりぎりよけて、大量のプラスチックなどのスクラップを積んだ電動自転車を追い越す。工場労働者たちとその家族も、この地区に住んでいる。街灯がない、子どもたちが仕事帰りの親を出迎える姿が、車のライトの流れの手前でシルエットになっている。

車は小さな工場が集まっている一角に入っていく。警備員がいる。ぼくがこれから会う男の工場ではUSBキーを作っている。ぼくのところには彼の製品が20種類ぐらいあると思うが、どれもPR会社が勝手に送ってきたもので、家で瓶に放り込んだまま中身を調べたことはない。彼の顧客は世界中にいるが、その多くは自分がこの男とビジネスをしているとは思っていない。複数の流通業者が鎖のようにつながっていて、その先端に彼と彼の製品がある。彼らが”OEM”という言葉*を使うとき、その言葉が指しているのはおおむねこの地区の工場のことだ。〔*: OEMというよりODMが中心…2パラグラフ下。〕

暗い階段を上ると板張りの部屋で、そこは営業とマーケティングの人たちがいる。社長とともに座ると、彼はぼくに水とたばこをすすめた。彼は地下室の倉庫で、最近選んだLED素子を見せてくれた。もう小型蛍光灯を使った製品は儲からない、LEDなら今後10年は利益が出る、と踏んでいるのだ。

彼はこの仕事を約7年やっている。それまでは集積回路を主に作っていたが、その後、中古の日本製PCB(プリント基板)製造機械を数台買って顧客がオーダーするデバイスを作り始めた。今USBキーにこだわっているのは、市場が安定していて比較的楽だからだ。

工場の中へ入った。”Intel Inside”のクリーンルームではない。長いベンチが10あまりあり、10台の古いDellのマシンとCRTモニタが品質管理用に使われ、その横には半田ごてがすぐ使えるように並んでいる。もう夕方の6時なので、従業員はいない。昼間は人がたくさんいて全員がUSBキーを作っている。日産30000本は、この経済地区の大工場に比べると微々たる量だ。

キーはまず、回路基板としてできあがる。一つの基板にキーが5つぐらい付いていて、すでに仕様どおりに設定されている。一人の社員が半田の層を置いた基板をSMT(表面実装技術、サーフェスマウント)の機械に通す。するとロボットが仕様どおりに抵抗器やトランジスタ、コンデンサなどを基板に付けていく。この機械も古い。プログラムをロードするのに3.5インチのフロッピーディスクを使っている…すべて日本製だ。中古で今1台10万ドルするそうだ。最新のSMTマシンは100万ドルだと。

最初のSMT機が電子部品の長いリールから小さな部品をつかみ取る。狂ったダンスのようだ。ロボットの手–位置決めのできる箱–がその部品を持って所定の位置に置く。部品を拾って置く、拾って置く、の繰り返しだ。それを1枚の基板につき5回、約1分でやる。もう一人の社員が結果をチェックし、次の工程へ行く。ありふれた日用製品だから、それほどの精度は要求されない。壊れたマシンがトランジスタを正確な位置に付け損なって少し曲がっても、それぐらいは検品ではねられない。最後には、ユーザのデータをちゃんと保持できる製品ができあがる。とにかく、しばらくは使える製品ぐらいは完成する。検品ではねられた不良品はリサイクルビンへ行く。

次のSMTはICチップとコントローラとメモリを配線する。最後の社員が基板をチェックして半田付けラインへ送る。USBポートの半田付けは手作業だ。PCBの製造単価(部品代)は50セントぐらいだと思うが、ICやメモリで3ドルはかかる。すると最終コストは、労賃を入れて5ドルだ。最後の工程はやはり一つ一つ手作業でシルクスクリーン印刷や型押し、レーザーエッチングなどを行う。流通業者から顧客に渡るときの単価が約7ドルだから、利幅は細い。

ではこれは、恐怖の奴隷工場か? そうではない。USBキーを作って男も女も賃金をもらい、居住区も与えられている。アメニティーはなにもないし、保育所もない、昼食のドーナツもない。トイレは洋式ではない。洗面台の水は床にあふれる。ロッカーは6インチ×6インチで、靴なら入る。上着も一つぐらいは。

しかしわれわれアメリカ人が買うUSBキーは、そういうところで作られている。大企業は千や万のオーダーの注文など引き受けない–機械を動かすだけで損失になるから。だからこの工場が市場の穴を填めている。雇用主は従業員の生活の穴を満たしている。家賃は無料でしかも安定した仕事がある。きつい、しかも乱雑な仕事だが、それが彼らの毎日の生活だ。

ぼくの会社が、製造をここに移したのだ。そこでぼくが現地出張となった。それが果たして良い決定なのか、ぼくはそれを言う立場ではない。ここの社員たちは満足しているし、オーナーはいい車を持っているし、来年の休暇は合衆国に行きたいと言っている。ミクロの視野で見れば、これは世界中の小企業がこの2世紀やってきたことだ。ニーズがあると、それを満たしてくれる者が必ずどこかにいる。

マクロで見れば、ここ〔世界の工場としての中国の利用〕にあるものは搾取と環境汚染と資本主義だ。昔のピッツバーグは今の深圳のようにきたなかっただろう。しかし労働法が整備されたために、毎晩安酒に酔いつぶれて前後不覚になってしまう労働者はいなくなった。そうやって、アメリカは変わった。中国も変わるだろう。

しかし、ぼくがこわいと思うのは、われわれがこういう物作りの方式に慣れてしまうことだ。ボタン一つで使える携帯電話はすてきだし、1Tbのディスクが100ドルで買えるのもありがたい。ムーアの法則が、毎回新しいものをわれわれの玄関に届けてくれる。しかし消費は、こういうことの価値に対して不感症なまま、単純にがつがつと行われる。そろそろ惰性と無意識で中国製品を買う態度を改めて、彼らとのもっと高度なコミュニケーションを目指すべきではないか。ここは、パパママストアならぬパパママUSBデバイス工場だ。iPhoneを作っているFoxconnなどとは全然違う。でも、これらの大小全部を入れて、中国の製造業は成り立っている。それはすでにグローバルであり、巨大な怪物のようだ。煙の充満する都市と街頭のない暗い夜、そして毎日の単調な作業が、その結果だ。テレビで見る白い壁ときれいなクリーンルームと、iPhoneを天国へ運ぶロボットアームにだまされてはいけない。安い中国製品はきたない仕事と労働から生まれている。もっともっときたなくなるだろう。

これが、人の欲望を満たす産業の姿だ。深圳と、その郊外の小さな工場は、その欲望の真の価格をわれわれに見せている。

次回: 注文の履行

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))