iPadは、まるで手の中にある未来。でもそれは僕がiPhoneスクール出身だから

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[jp] mixiは、mixi日記成功の呪縛から解き放たれることはできるか。

2007年に最初のiPhoneが発売された時、私は絶対に買わないつもりだった。そしていじってみた。15分後、私の預金残高は$600減っていた。私にとって過去最高のハイテク買い物だったことは間違いない。今日(米国時間1/28)Appleのイベント終了後、新しいiPadをかなり長い時間いじる機会があった。それはきれいで速かった。本当に速かった。誇張することを許してもらえるなら、まるで手の中に未来があるように感じた。しかし、これは絶対に買いなのか? 難しい質問だ。

おざなりな答えは ― 多くの人にとって、今すぐは、ノーだ。iPhoneのようにすでに確立したニーズ(携帯電話として)を満たすものと異なり、iPadが満たすべきニーズは存在しない。ただし、iPhoneとiPod touchのユーザーは別だ。その場合は、iPadが満たすニーズがいくつかある ― アプリを使うための最良の手段であり、もっと重要なのは、ウェブをブラウズするのに最良な手段であり、それを最も望ましいと思われるスタイルで行うことができること、タッチ方式で。

それが今日Appleがヒントだけ示した重要なポイントだ。発売され時点でiPodの初期ターゲットユーザーは、iPhoneとiPod touchのユーザーである。なぜか? このデバイスを操作するのに必要なやり方を、すでに不自由なく使えるからだ。今日私がiPadを手にした瞬間、何をすべきかが明確にわかった。それは第2の天性だった。それはiPhone、をただ大きくしただけだであり、そのことが心地よかった。一方、iPhoneを使っていない人たちが初めてiPadを操作しているところを見ると、ずっとぎこちなかった。

基調講演の終り頃、Steve Jobsがこの考えを示唆するようにこう言った。iPhoneとiPod touchが既に7500万台出荷されているということは、そのユーザーたちはすでにiPadの使い方を知っている。体験デモの最中、2人のApple従業員からほぼ同じことを言われた。「iPhoneを持っている人は、この使い方をもう知っています。

iPadのデビューに際して、その正確な使い道は何なのか、多くが語られた。印刷メディアを見るための新しい方式だという騒音もたくさんあった。今日Appleはそれを少しばかり取り上げたが、予想されたほどではなかった。iBooksのアプリとストアにかなりの時間を割いてはいたが、誰かがeブックリーダーのためだけにこれを買うと思うなら、それは誤りだ。

多くのKindle/iPad比較記事が書かれているのを、私は少し奇妙に感じる。iPadとKindleを比べるのは、コンピューターとタイプライターを比べるようなものだ。今日iPadで何冊か本をめくってみた感じでは、未だにKindleのする一つの仕事には一日の長がある(電子インクのおかげ)。しかし、ポイントは「一つの仕事」しかしないということだ(そして、Kindleアプリは遅すぎるので、大して力になれないだろう) ― 誰もが以前から思っているように、多機能デバイスの一機能へと格下げされてしまうだろう。AppleがiPadでやろうとしているのは、まさしくそれだ(これについては昨年9月、Jobsが言ったことをわれわれが正しく翻訳した。当時は誰もが、JobsはEブックに関わることは一切しないと言ったと思っていたようだ)。

機能が多いことが重要なのは、それによってAppleが新しいユーザーをこのコンピューティングスタイルへと誘導する手段が増えるからだ。しかし、ここでもその先陣を切るのはiPhoneとiPod touchのユーザーであり、それはこの人たちが最も不自由なくiPadを使えるからだ。そしてユーザーベースが増え続けるにつれ、iPadに興味を持つ人のベースも増え続ける。今はまだ、多くの人が知らないだけだ。

そしてiPhoneのヘビーユーザーである私は、iPadの魅力を即座に認識した。バッテリーが約束の10時間にそこそこ近く持つのであれば、私は殆どの場合ノートPCのかわりにiPadとキーボードを持ち歩くことになるだろう。要するに、手軽だし、1.5ポンド、厚さ1/2インチという重さとサイズの違いは大きい。しかも、月額$30でパケット使い放題(AT&Tというのが残念だが)なら、$60/月のノートPC用無線カードは捨てられる。

Flashが使えるかって? ノーだ。これはiPhoneが発売された時頃私にとっての問題だったが、今はもうそう思うことはない。YouTubeはYouTubeアプリで全部見ることができるし、遅かれ早かれHuluアプリも出るに違いないと踏んでいる。本当にFlashがなくて寂しいといえば、ブラウザーのクラッシュ、CPUを食うこと、あとFacebookのゲームがいくつかあるくらい。いい厄介払いだ。

私の場合、真剣に文字を打つ(原稿書き等)必要がない時は、アプリを使うのもウェブブラウジングをするのも手を使う方がずっといいのだ。iPhoneが教えてくれたことだ。また、データを高速でクラウドに移動できるようになって、デスクトップアプリケーションは殆ど必要ないこともわかった。言い換えれば、私は完璧にこのデバイス向けに仕上がっているのだ。

殆どの人はまだだろうが、それでもAppleにとってiPadを買い、使用する人たちの基盤がある限り、Apple自身かサードパーティーが、もっと広い範囲の人たちにとってiPadが必携品となるようなキラー用途を作り出すための時間はたっぷりある。同じことがApp StoreとiPhone/iPod touchで起きるところを、われわれは既に見てきた。そして$499(ローエンド版)という価格なら、みんなが何で騒いでいるのかを見極めるだけのために、このデバイスに散財する人も少なくないだろう。その人たちもまたハマることになる。

iPhoneとiPod touchは、われわれがこの新種のデバイスを使うための補助輪の役割を果たしたとも言える。Appleの新しいマルチタッチ式Magic Mouseについても、ある程度それが言える。これらのデバイスすべてが、Appleがコンピューティングの未来であると明らかに信じているもの「タッチ」に向けられている。今そのことが、これまでになく明確になった ― 中でもiPadはその最大の一歩だ。

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(翻訳:Nob Takahashi)