LOST:社内が一つにならなければ、マイクロソフトは一人で死ぬんだ

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今日(米国時間2/4)のNew York Timesに、Microsoftの創造的崩壊と題する非常に興味深い論評記事が掲載された。記事には、ここ何年にもわたってMicrosoftが、ライバル他社と同じペースで革新できない理由について、著者の思いが詳しく書かれている。それがどうしただって? たしかに、この手の文章を書く人はいつでも何人でもいる。何が違うかと言えば、書いたのがDick Brassであること。1997~2004年の7年間、Microsoftでバイスプレジデント(VP)を務めた人物だ。

Brassの意見は大騒動を呼び、Microsoftの広報担当VPが公式ブログ上で応答せざるを得ないほどだった。そして、Microsoftの広報チームは当然のように、Brassの論評を軽視し、反例を示して異議を唱えたが、その内容は私の理解するBrassの主旨を完全に無視したものだった。Microsoftは何十何百という内戦が会社内で行われている戦場になっているというのである。

Brassが一例に挙げたのがClearTypeで、これは彼が関わったプロジェクトだ。Microsoftが反論しているように、ClearTypeは現在Windowsの一部になっているが、Brassによると、もし社内の別グループが「私たちの手柄になることを恐れ」なければ、もっとずっと早く実現していたはずという。

さらに、ポケットデバイス担当のVPは、自分のグループが完全に主導権を握るのでなければサポートしないとまで言ったという。Officeの責任者も反対した。遡って2001年、Microsoftが開始したタブレットPCコンセプトを潰すのに手を貸したとして、彼が責めているのもそのOfficeのトップであるというのも興味深い。

Brassによると、Office製品担当VPは、自分が担当するソフトウェアをタブレットでまともに使えるよう修正することを拒否したという。これは、先週のiPadイベントでSteve JobsがiWorkチームを壇上に呼び、新製品のためにどうソフトに手を加えたかを見せていたのとは正反対だ。

そう、もちろんiWorkはOfficeではない。2つの製品をどう捉えようとも、iWorkがAppleの壮大な収益構造の中のごく小さな部分であるのに対して、OffieceはMicrosoftの大部分を占めている。しかし、それこそがポイントなのである。Brassが指摘するように、Microsoftは膨大な収益を上げているが、そのほぼ全てが2ヵ所から来ている。WindowsとOfficeだ。このため、この2つの部門が紛れもなく莫大な力を得ており、彼の挙げた2つの例がそれを如実に表している。

ここでの問題は、もしGoogle(および程度は少ないがApple)の思い通りに事が進めば、WindowsもOfficeも今後その重要性は減っていく。もちろんそれは現実とはかけ離れたことだが、あらゆるものがモバイルやウェブに向かっているトレンドは、きわめて明らかだ。そしてMicrosoftはオンライン部門にあまり投資しない、あの2部門が同意しなければ。しかし、たとえ投資したとしてもMicrosoftのオンライン部門は、収益的にうまく行っていない。悲惨というべきだろう。Brassに言わせれば、理由はこうだ。

優れた企業に内部競争はつきものである。アイディアを競い合うために、うまく奨励することもできる。問題は、その競争が制御不能に陥り破壊的になった時だ。Microsoftでは、これが元で反社会的企業文化が生まれ、そこでは実績のある部門が新進の部門を犠牲にし、成果を過小評価し、リソースを不公正に獲得し、最後にはいじめ倒してしまうことが許されている。過去10年間、Microsoftで、音楽、Eブック、電話、オンライン、検索そしてタブレットを担当した幹部のほぼ全員が辞めているのは偶然ではない。

MicrosoftはAppleではない。この会社の従業員が、ソフトウェアの巨人で働く経験についてよく口にする。そして、その多くが部門間の争い(時には、同じ部門の人間同志の足の引っ張りあい)に対するBrassの指摘が控えめであると口を揃える。むしろ、ほぼ全員が、これを同社の重大な問題であると認めると言ってもよい。自分の部門では問題がないと言う場合でも、社内の他部門では大きな問題になっていることを認めるだろう。

それは管理上の問題である。もし特定の部門がリソース配分において他部門を優先権を与えられているとすれば、上層部の問題である。Microsoftの擁護者はすかさず収益の話を持ち出してこういう、「そんなにひどいことが起きていたら、会社はこんなに儲けていない」。もちろん収益は重要だが、根本的問題を解決するものではない。永遠に続くものはなく、WindowsとOfficeも例外ではない。そして、そこに安住している間に革新が妨げられるのは、ばかげた話である。

別の元Microsoft従業員、Don Dodgeも最近これらの問題のいくつかについて同社を批判した。彼が最近VenutreBeatに言うに至ったのがこれだ:

上層部を見ると、今日のMicrosoftは80年代終りから90年代初めのIBMである。私が社会に出た頃、IBMは世界を制していた。IBMは世界を支配するコンピューターメーカーだった。ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク、すべてIBMが王様だった。90年代終りから00年代初めにかけてそれが変化し、Microsoftが王になった。そして2009年、2010年さらにこれからMicrosoftは、ある意味でIBMに似てきている。優れた伝統をもつ長年に渡る企業であり、未だに利益を上げている、しかしリーダーではない。

現実はといえば、現在最も熱く語られている物といえば、モバイルとタブレットの2つである。Microsoftは、そのどちらにも非常に早くから深く関わってきたが、完全な失敗に終らせるか(タブレット)、包帯の時代に出血死させてしまう(Windows Mobile)かのどちらかだ。ビジョンがなかったのではなく、実行が伴わなかったようだ。

では、この内乱の根本的原因は何なのか。Microsoftで力を持つ者たちが年寄りだからなのか(Microsoftウォッチャーの一人は、それについて2度も熟考を重ねている)。会社全体が巨大になりすぎたのか(少なくとも一人のMicrosoftマニアは、5000人以上のレイオフの後でさえそう思っている)。それとも従業員の志気が足りないからか。もっと重要なのは、Microsoftがこれに対して何をするかである。

ABCのヒット番組「ロスト」がファイナルシーズンに突入し、この数週間というものこの番組のCMを見ずにいることはほぼ不可能だ。その一つが、どこか今のMicrosoftの状況を思い起こさせる。恐らくこの会社には、ジャック・シェパード型のリーダーが現れ、全員を集めてこう言う必要があるだろう、”if we can’t live together, we’re gonna die alone“(仮訳「一緒に生きなければ、みんな一人で死んでいくんだ」)。

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(翻訳:Nob Takahashi)