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お絵書きボードは大好きだったけど、だからといってiPadは新聞を救ってくれない

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著者のみなさん、次の作品はiBookではなくアプリであるべきだ

35年くらい前、私は初めて「etch-a-sketch」(*)をもらった。見た目がちょっとiPadみたいだった。だから私にはiPadが未来のメディアであると宣言する資格があると思う。
【* 訳注: エッチ・ア・スケッチ。 2つのダイアルを回してX-Yプロッターのように絵を描くおもちゃ。1960年代に発売されアメリカの各家庭に1台はあると言われた。】

少なくともそれが今日Guardian紙のAlan Rusbridgerによる記事の論理で、彼が16年前に見た木製の板が未来を見せてくれたそうだ。そしてその未来とはiPadのこと。

「私のiPadへの私的な旅は16年前のコロラド州アスペンで始まった」とRusbridgerは書き始める。彼はオンラインで新聞を見せるウェブサイトを見て素直に感動した。「しかし本当のワクワクはアスペンにあった。そこには大手新聞社のKnight Ridderがニュースの未来を研究するために設立した「研究所」があった。そこでは「タブレット」が作られたという噂だった ― 新聞を読める持ち運び自由のスクリーンである。

彼が見たタブレットは、印刷した新聞を貼り付けた木製の板だった。冗談ではない。

今のところそれはA4サイズの木製ボードで「一面」が貼り付いたままだ。Fidlerの「Flat Pad」を作るためのテクノロジーは彼の予想では数年先だった。

そしてついにiPadがその夢を実現した。「これだ ― アスペンの木製ボードの再来だ!」iPadが届いた時のRusbridgerの言葉だ。

iPadは新聞を救ってはくれない

続けてRusbridgerは、iPadがインターネットを使うためにいかに完壁な道具であるかを語る(この点について私に異論はない)。そして彼は、iPadがピカピカの鎧を着て新聞の窮地を救ってくれる騎士かもしれないとこう仄めかす「それではiPadは未来の新聞なのだろうか?」

おそらく新聞の人たちが思い巡らせているのは、通勤する人たちが電車でiPadを読んでいる場面だろう。それは電車で新聞を読んでいる人たちと似ている。2つが似ているのだから、そうだ、iPadは新聞を救ってくれるだろう。

まじめな話、その記事の議論はそうなっている。

しかし現実に戻ってみよう。iPadが何もかも変える、というのは実は何も変わらないという意味だ。インターネットが新聞に与えた数々の圧力 ― ビジネスモデルの崩壊、際限のない競争、森林破壊不要 ― そのすべてがiPadによって強化されるだけだ。

今こそインターネットを取り込む時だ。しかしNew York TimesもWall Street Journalも誰もが、リンクのないアプリや有料ページなど逆方向に走っている。iPadを持って電車に座っている人たち全員が、オフィスに座ってパソコンを使っている時と同じことをするだろう ― 他の無料ページへのリンクのある無料ページでニュースを読むのである。

etch-a-sketchはそれはそれはカッコよかった。しかしそれが新聞に優位性を与えることも寿命を少し延ばすこともなかった。iPadも同じである。

[原文へ]

(翻訳:Nob Takahashi)