Google CEO、エリック・シュミットの「名前ゲーム」はナンセンス

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先週末Wall Street Journalが、Google CEO Eric Schmidtインタビュー記事を掲載し、Googleの未来や新聞、プライバシーをはじめとするさまざまな話題を報じた。記事には未来の検索に関する注目発言がいくつか含まれている(同紙はGoogleがわれわれの現在位置や友人、関心事などを知ることで、本人が意識する前に何が欲しいかを知ってしまうことに対して、少々警戒心を見せている ― しかしこれは誰にとってもニュースではないはず)。そして、ReadWriteWebが最初に取り上げたこれである。

しかし、質問がGoogleの範疇をはるかに越えている、という意味でSchmidt氏は確かに正しい。「私は、あらゆる物が、いつでも、誰にでも利用可能で、知ることができ、記録されるようになった時に何が起きるかを、社会が理解するとは思いません。」と彼は言う。そして真顔でこう予言する、将来若者が大人になる時、誰でも自分の名前を変える権利を自動的に取得する。友人たちのソーシャルメディアサイトに保存されている若気のいたりを捨てさるために。

うーん本当に? 人々がソーシャルメディアでの若気の過ちから遠ざかるために、名前を変えるようになる、とGoogleのCEOが考えている。私に先見の明がないだけかもしれないが(Schmidtの方が私より未来の検索について深く理解していることは間違いない)、この発想は恐ろしいだけでない ― まったくの見当外れであると思われる。

考えてみてほしい。どんな組織であれ、採用予定者に犯罪歴があるかどうかを知ることは最大の関心事である。それを検証するために職歴を照合する。さらには学歴も想像の産物では困る。もしかしたらSchmidtは、雇用者が求職者のフルネームを知らなくても、そういう重要な経歴情報を利用できる集中システムを心に描いているのかもしれず、それであれば改名にも意味があるのだろう。ごもっともである。

しかし、もしこの改名習慣が当たり前になったとして、ある人とその人の「以前の」身元とを結び付けたいと思う欲張りな企業の役に立とうとする新しい産業が生まれるまでに、どれほど時間がかかるだろうか。そのために金を払う人が出てくるであろうことは賭けてもよい。新しい彼氏や彼女を検索するための、かなりの規模の市場も生まれるかもしれない。

しかも、悪意に満ちた元カレ元カノが、報復行為として相手の「古い」名前をツイートしたり、友人がFacebook(あるいは、この仮想的未来で人気のソーシャルネットワーク)でうっかり「間違った」名前で呼びかけてしまう可能性は常にある。無事を祈る ― そんな新しい改良型検索エンジンが、今日よりずっと寛大さに欠けることは間違いないから。そして、以前Schmidtは、Googleがわずか14枚の写真から視覚的に人物を特定することができると言っていることから、そもそもこの話には議論の余地がある。

言い換えれば、今以上に検索が強力な時代に、人のオンライン過去を掘り起こそうとする誰かにとって、単なる改名が意味のあるハードルになることは恐らくないだろう。しかしSchmidtもある一つのことについては正しい。社会は、「あらゆる物が、いつでも、誰にでも利用可能で、知ることができ、記録される」ようになった時何が起きるかを理解できない。そんな問題に対処するための、新しい名札よりもっと良い方法がいずれ見つかることを願うばかりである。

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(翻訳:Nob Takahashi)