[jp]いまインターネットのディスプレイ広告市場はどうなっているのか(米国編)

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編集部注:この記事を書いてくれたのはFringe81(旧社名はRSS広告社)の松島稔氏(スマートアド事業部 事業部長)と田中弦氏(代表取締役)だ。Fringe81は旧社名が示すとおりRSSフィード広告のサービスから事業をスタートさせているが、現在ではディスプレイ広告のクリエイティブを最適化するiogousを提供するなど、インターネット広告に関するいくつかの事業を手がけている。田中氏、松島氏ともにインターネット広告のテクノロジーや動向に造詣が深い。


米国のディスプレイ広告市場が近年急速に回復している。米国の調査会社comScoreによると、2010年の第1四半期の米国のディスプレイ広告の総量は、前年同四半期に比べて15%増の1.1兆インプレッション、市場規模では推定27億ドルと推定されている。

米国の証券会社JPMorganのレポートでは、米国ディスプレイ市場は、2010年は前年比10.5%増の83億ドルに達する、と予測している。それをも上回る可能性がありそうだ(日本は2009年度のディスプレイ広告市場は、シードプランニングによると約1740億円と言われている)。

米国のディスプレイ広告市場は日本とは明確に異なっている。日本市場で一般的な広告買い付け方法は、期間やインプレッション保証など、「枠単位で媒体の枠を買い付ける」方法である。一方で米国では、ユーザーオーディエンスデータを1インプレッションずつ「リアルタイムで入札買い付け」する方法が普及しつつある。つまり日本の枠単位購買のような大まかなものではなく、非常に細かい単位での買い付け方法がこの1年で登場してきたと言える。そのため、インターネット広告市場に非常に多くのプレイヤーが参入した。それぞれのツールや技術、データは相互に繋がり、競争環境にある事業者どうしもシステム接続するなど、広告主からメディアをつなぐ、まるで生態系のようなエコシステムを築いているといわれる。これは専門特化ベンチャーには大変なチャンスである。

今回は、米国の最近の動向から米国のインターネット広告市場の今後の展望について、Fringe81なりの見解を述べる。

なぜ米国インターネット広告市場では奇跡のエコシステムが成立しえたのか

なぜ、米国のインターネット広告市場は、プレイヤーが多く、かつエコシステムのような生態系になりえたのだろうか。米国のインターネット広告市場は総額25億ドルの投資を集めるなど、まず市場規模が桁違いに大きい(米国のプレイヤーマップ[PDF]を参照)。

なぜこの様に多数のプレイヤーが存在しているのだろうか? 市場規模が大きいという理由はもちろんあるが、理由は元締めとなるプレイヤーの数、最適化する変数の数、データの量の違いだ。たとえばSEMと比較してみよう。

SEMは、配信されるメディアはGoogle/Yahoo!など特定のメディアに一極集中している。元締めとなるプレイヤーの数は極端に少ない。その特定のメディアに対して、キーワード・クリエイティブ・ランディングページ・入札単価を運用して最適化していく。変数の数も、データの量も現在の日本のディスプレイ広告よりは多いが、米国のディスプレイ広告よりは少ない。

一方ディスプレイ広告では、最適化に関わる変数が、多数のメディア・多数のオーディエンスデータ・クリエイティブ・掲載位置・フリークエンシー数等、多種多様にわたる。そのため、最適化に必要なデータを特定の企業だけでは到底収集できなかった。つまりSEM市場のような元締めが生まれる前に小さなプレイヤーがシステムで接続し、非常に強い生態系を築いてしまった。また、新興市場かつ巨大市場のため、専門事業者が多数VCから出資を受けることでニッチトップとして急成長してきたことも理由としてあげられるだろう。

専門事業者も細分化した役割を担っている。データアグリゲーター/サプライヤーは、クレジットカードの購買履歴・オフラインデータなど、最適化に有益なデータを提供する。その様なデータを、データエクスチェンジ事業社が複数のデータアグリゲーター/サプライヤーから情報を収集して意味付けを行い、データの売買を仲介する。様々な役割をもった事業社がシステムで繋がっていき独自のエコシステムを形成してきた。このような小規模のプレイヤーがシステムで接続しているのはまさに地球のような生態系というか、奇跡の生態系ができあがったのである。

今後の米国インターネット広告市場での想定シナリオ

地球の歴史でいえば「カンブリア紀の大爆発」の時代が現在インターネット広告市場で起こっている。この記事では詳細は割愛するが、かつてカンブリア紀という時代が地球にはあった。この時代には、現在見られる動物門が一気に爆発するように登場した。とんでも無い種類の数の動物が登場したわけだ。しかしながら、カンブリア紀の終わりとともに、あまりに専門特化した種族は大量絶滅にいたる。絶滅の原因は諸説あるが、強大なパワー(気候変動であったり、あまりに強烈な捕食者が出るなどであったり)の登場が原因と推測されている(※筆者の田中は古生物学が大好きである)。

果たして米国のインターネット広告市場はこのまま奇跡的な生態系を維持したまま推進していくのであろうか。それとも、専門特化しすぎた生態系はカンブリア紀の生命のように絶滅するのであろうか。説としては三つ考えられるだろう。ひとつは、システムで繋がり、さらに様々なデータもやりとりされる生態系は意外にも「強大なパワー」に対抗できるだけの生命力を持ち、さらに専門特化が続く『エコシステム永続説』。もう一方の説は、「強大なパワー」を持った大資本の企業が買収を行うことにより、専門特化したプレイヤーが退場する『大量絶滅説』もう一つは、ある程度の合従連衡は起こるが、日本より厳しい独占禁止法を鑑み、ある程度の小規模プレイヤーが残る『保護区設定説』が考えられる。

1. 『エコシステム永続説』……ベンチャーにとっては最も楽観的なシナリオだ。ただし、彼らも指をくわえて長いものに巻かれるわけはない。また、われわれの見る限りこの生態系はかなり頑強である。なぜなら、たとえばデータプロバイダにしてもクレジット決済情報であったり、データマイニングによるプロファイル情報であったり、リアル店舗での決済情報であったりと、特定の一者が強烈に牛耳ることが難しいほど強固に見える。このシナリオのポイントは「誰が裏切り者になるか」である。つまり、率先して特定エリアの強いプレイヤー自らがGoogleのようなプレイヤーに身売りを図ることである。これが起こりだすと、さも強固である生命体は毒に侵されてしまう可能性もある。

2. 『大量絶滅説』……ベンチャーにとっては最悪のシナリオである。ただしカンブリア紀のように明確な死が待っているわけではないだろう。エコシステムとして接続している形だけは残り、中身は強大なプレイヤーに置き換わっている。積極的な動きを見せているのは、やはりGoogleだ。DoubleClickを買収した後、Googleは2009年12月にクリエイティブ最適化技術を提供するTeracentを買収。2010年6月にDemand Side Platform(DSP:複數の広告マーケットプレイスにリアルタイムで入札できるようなサービス)事業社であるInvite Mediaの買収を行っている。同様に、メディアコングロマリット企業であるAOLも、DSP領域に参入する事を宣言している。また、独立系でも小規模な買収攻勢が見受けられる。Invite Mediaと同様のDSP事業者、MediaMathがクリエイティブ最適化事業者Adroit Interactiveを2010年4月に買収している。

一方、Turnの様に、DSPとアドネットワークを持ち、事業者自らが複数の事業に進出しているところもある。Turnはアドネットワーク事業者としても上位20位に入っている(comScore Media Metrix Ranks Top 50 U.S. Web Properties for June 2010[pdf])。つまり、自ら攻勢をしかけて他エリアに進出しているようなニッチプレイヤーも存在してきた。このシナリオのポイントは「独占禁止法とのかねあい」と「支配すべきエリアの特定化」であろう。米国の独占禁止法はかなり厳しいので、検索に続きGoogleがディスプレイ広告市場を支配するという状況は好ましくない、と判断されるであろう。「支配すべきエリアの特定化」とは、ある特定エリア内で強大なプレイヤーが育ち、そのプレイヤーがうんと言わない限り生態系が成り立たないようになることだ。この状況になるとGoogleのような企業はそのエリアのみ買収するだろう。これにより独占禁止法にはあたらない、と判断される可能性がある。となると大量絶滅に至るもしくは「生きながら死ぬに至る」道程はそれほど遠くないだろう。

3.『保護区設定説』……強力なパワーを持つ事業者にとっては簡単に大量絶滅されては困る。よって弱いプレイヤーを残す「特別保護区」を設定する。国立公園を設定して囲いを作る。中にいる動物は幸せである。これで独占禁止法にはあたらなくなる。専門特化のプレイヤーとしては実はこれが一番幸せなのかもしれない。このシナリオのポイントは「王様の心変わりに弱い」点だ。これからも市場進化はし続ける。その際に果たして国立公園を住宅地にしてしまおう、という判断を王様がしないだろうか?

最後に。今まで3つのシナリオとポイントについて考察してきた。ここでふとわれわれは重要な聖域があることに気づいた。それは『Facebook』だ。Facebookは2010年5月発表のcomScoreの調査結果では、ディスプレイ広告表示回数でヤフーを抜いている。Facebookは自ら広告配信システムを構築し、全世界で5億人ともいわれるオーディエンスデータを持つ。つまり、聖域にしてはあまりに強大な力を持つのだ。この聖域は、いくらGoogleが市場を支配しようとも、大量絶滅が起ころうとも、永続的に繁栄できるポテンシャルを持っている。ここまで考えると、既存のディスプレイ広告の支配者は、独占禁止法を気にする必要は無いのかもしれないのだ。Facebookが自ら築き上げた聖域の開放に動こうとするだろうか? この答えが否だとすると、米国のインターネット広告市場のエコシステムは、実は薄氷の上にいるのかもしれない。ベンチャーのとんでもない熱量とスピードが勝つのか、強大なプレイヤーが勝つのか、それとも聖域を持つFacebookが自らの領土拡張にかかるのか。これから非常に動きが活発になることだけは間違いなさそうだ。

日本では全く異なるシナリオが想定されるが、それについての考察はまた次項としたい。