R. ストールマン、「クラウド・コンピューティングは不注意コンピューティング」とChrome OSを非難

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GNUの発明者Richard Stallmanがまた「クラウド・コンピューティングは邪悪だ」という説を唱えている。今回のターゲットはChromeOSだ。彼の基本的な立場というのは「ユーザーのこともユーザーのデータのことも気にしない会社の手にデータを預けるのは危険だ」というものだ。その限りでは彼は正しい。

ストールマンはまた「警察がやってきたとき、たとえばGoogleはユーザー自身よりも簡単ににデータを引渡してしまうだろう」と言っている。これもおそらくその通りだろう。クラウド・コンピューティングの普及とともにゆっくりとプライバシーの崩壊が進んでいることに注意すべきだというのは健全な反応だ。

宣伝屋が「クラウド・コンピューティング」という言葉をやたらに使うのは、それに実質的な意味がないためだと私は思っている。この言葉に実質的な意味はない。たんにある種の態度を表しているだけだ。それは「誰でも彼でもユーザーのデータを保管してよい。誰でも彼でもユーザーに代わってコンピューティングしてよい(その結果ユーザーをコントロールする)」という態度を表している。これは「クラウド・コンピューティング」ではなく「不注意コンピューティング」と命名すべきだ。

〔詩人・作家の〕Raymond Carverを敷衍して語るStallmanは、GNUを発明したということで大いに尊敬されている。しかし私はクラウド・コンピューティングに対するこうしたFUD〔不安・疑念・不信をあおる手法〕は見当違いな攻撃だと思う。第三者にデータを預けることには危険性があるというのは当然だが、現在の一般ユーザーのデータに関するセキュリティーやバックアップのレベルの低さを考えると、クラウド・コンピューティングはより安全な代替策を提供していることは無視できない。Stallmanはコンピューティングがなにもかも一箇所に固まっていた時代の文化の人間だ。Linuxのアーキテクチャーそのものもの、ある程度まで、そうした一枚岩(テクノロジー的な意味ではなく比喩的な意味で)の産物である。そこではユーザーがデータに加える操作はすべてローカルなハードディスクに保存される。重要なデータにはコピーが作られる。リンクではなくコピーのコピーがネットワークに拡散してデータがバックアップされる。

自分のビデオや写真をすべてGoogleやYahoo、Microsoftに預けるのは賢明ではあるまい。しかし何百万人が喜んでそうしている。自分の全メール記録をシリコンバレーのスーパー・ギークたちの手に委ねるのも賢明ではあるまい。しかし私自身を含めて大勢がそうしている。しかし情報を便利に共有するための単一のジュークボックスを作るには妥協が必要だ。そして私は責任あるコンピュータ・ユーザーとしてローカルにバックアップを取っておくことを忘れない。

しかしChromeOSは、スマートフォンOSもそうだが、責任あるコンピューティングとは無関係だ。これらは単にあるタスクを実行するためのチャンネルに過ぎない。音楽を携帯に保存するのも、Pandoraのようなサービスにアクセスするのも本質的に同じことだ。iPadのメモ帳でテキストを編集するのも、Googlドキュメントを立ち上げるのも本質的に同じことだ。Android携帯に写真を保存するのも、Flickrにアップロードするのも本質的に同じことだ。前者の例の場合、一連のデジタル情報はユーザー自身が保持するデバイスとの間でやりとりされる。後者の例の場合、一連のデジタル情報は、パスワードで保護された第三者のデバイスとの間でやりとりされる。どちらの場合も、デジタル情報の内容はまったく同一だ。

市民的不服従運動に参加するとか、犯罪の計画を思い付いたとかいう場合にはクラウドを利用しないほうが無難だろう。しかしPosterousで写真を公開することが「不注意コンピューティング」だと言われても納得できない。

ChromeOSは「デスクトップ・コンピューティングは死んだ」ということのGoogleなりの表明だ。同時にGoogleがより一層トラフィックを集め、われわれの情報生活のすみずみにまで厚かましく割り込んで来ようとする計画の現れでもある。どちらも特に邪悪な意図に基づいているわけではない。もちろんユーザーの利益を第一に考えているわけでもないだろう。しかし、われわれ圧倒的多数の一般ユーザーにとっては、データの保管とメンテナンスという面倒な仕事をGoogleにやってもらうのはおそらく最良の選択である。

つまり問題はGoogleなりMicrosoftなりAppleなりのクラウドにデータを預けるべきかどうかというところにはない。問題は、クラウドを利用しない場合に、われわれがかけなければならない手間、金、時間が、それに見合うだけのメリットをもたらすのかというところにある。

via Guardian

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(翻訳:滑川海彦/namekawa01