クリントン国務長官曰く: インターネットは世界の'まちの広場'になった

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合衆国国務長官Hillary Clinton(ヒラリー・クリントン)が今日(米国時間2/15)George Washington University(ジョージ・ワシントン大学)で、’インターネットの自由’と題する講演を行い、世界中の人びとが自由にインターネットにアクセスできるために、合衆国が果たすべき役割について述べた。講演の実況録画ビデオは、Facebookのここで見られる。今日という日は、ムバラク政権に対する大規模な抗議活動の間にエジプト政府が、国民のインターネットアクセスを禁止したことの余韻と記憶がまだ残っている。その抗議活動への人びとの動員と組織化は、数週間にわたり、主にTwitterとFacebookの上で行われた。

ムバラクにFacebookやTwitterなどのソーシャルメディアの封鎖を解くよう要求したこともあるクリントン長官は、エジプトは自国内で起きていることを世界中から見られたくなかったのだ、と言った。その点でそれは、やはり政府がインターネットと携帯電話の使用を遮断した昨年のイランのケースに似ている、とも言った。

しかし、イランとエジプトでは、結末が違った。インターネットは政治的変化の起動を加速する、しかし今では、インターネットは抑圧のための道具か、解放のための道具かという議論もある、とクリントンは言った。しかしクリントンによれば、インターネットは世界の”町の広場(Town Square)”になった、そこに人びとは集まり、互いにつながり合う。しかし、そのことがもたらす課題は、”そこにあるべきルールと、あってはならないルール、そしてその理由に関する真剣な議論だ。集会の自由と組織形成の自由は、サイバースペースにも適用される”。

〔以下すべて、講演内容の概要。訳文において”クリントンは言った”等を省略する。〕

合衆国に関しては、選択は明確である。合衆国は、オープン性の側につく。インターネットの自由は、そのほかの自由と同様に緊張を生むが、しかしその利益は費用よりも大きい。

合衆国政府とは異なる取り組みの国もある。ブロガーを逮捕したりインターネットへのアクセスを制限している政府は、セキュリティをその理由として挙げるが、それはむしろ、セキュリティにとってマイナスである。

第二の課題は、インターネット上における透明性と守秘性の両立だ。インターネットは、公開的なスペースであることに加えて、プライベートなコミュニケーションのためのチャネルでもあり、そのような通信の秘密を守る方法が必須だ。WikiLeaksに典型的に見られるように、それは政府のコミュニケーションにおいても重要であり、WikiLeaksのやってることはブリーフケースから書類を盗むのと同じ窃盗行為である。

WikiLeaksが公開した公電の多くは人権問題に関連しており、それらを公開することは危険な行為である。WikiLeaksは、人びとをより大きな危険にさらしたのである。ただし合衆国政府は、WikiLeaksを支援する企業にその取りやめを要求したことはない。

著作の削除、コンテンツの遮断、発話者の逮捕などは、過激な考えの持ち主を疎外する行為であり、思想は一層根深く過激化し、対応しづらいものになる。オンラインの言論に関して合衆国政府は、発話者がその言論の持つ力をよく認識して、良識的に振る舞うよううながす、という姿勢を選んでいる。

Web上のソーシャルネットワーク等は、集会と政治的表現のための協働スペースになりつつある。これらの対話的活動は、それを維持することよりも妨害することのほうが、はるかに容易である。妨害や禁止行為は、表現の自由の閉鎖に伴う機会費用を生む。インターネットの自由を制限する国は、その国の経済の未来を制限している。

表現の自由は、その国のイノベーションを推進する燃料である。中国のように、インターネットを検閲しているが経済成長は順調、という国もあるが、しかしコミュニケーションに対する制限は、長期的には、中国経済の足を引っ張る要因になる。

合衆国政府は、検閲や制限をしないという方向性に賭けているが、この賭けに多くの国が参加してほしい。それは、オープンなインターネットのほうがより強力な国作りに寄与する、という賭だ。イノベーションは、あらゆる考えや思想が共有され探求されるところに繁茂する。合衆国はそういう方向性をこれからも推進し、インターネットを人権が保護される場所として維持したい。現在すでに、この考え方に賛同している強力なパートナーや組織が世界中にある。

合衆国政府の方針には技術が伴っていない、という批判がある。しかし、インターネットへのアクセスの抑止を防ぐ技術というものは、ありえないだろう。そういうアプリケーションがないからこそ、われわれは努力を続けなければならないのである。

人類のインターネット利用は、まだその入口である。それは、これからの歴史がとても長い。重要な進歩は、何年という長い時間をかけて起きる。数分や数秒ではない。インターネットの自由は、インターネットをあらゆる種類の活動が行われうるスペースとして護持するという課題でもある。インターネットは、ソーシャルメディアを使って抗議活動を組織化する場であってよいし、また、政府の腐敗を弁護士がブログする場であってもよい。あるいは、ケニヤの小企業の経営者が、彼女の携帯電話を駆使して利益を上げる、というものであってもよい。

インターネットの自由は、今の世界の大きくて重要な課題である。人権と自由と尊厳のための闘争には、あなたの支援と参加が不可欠である。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))