感情だけではビジネスなんぞできやしない:TwitterのUberMedia締め出しに驚くべきではない

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UberMedia CEO Bill Gross:Twitterによる利用差し止めについては驚いている。現在対応をすすめているところ

1972年のフランシス・フォード・コッポラの作品「The Godfather」に次のようなシーンがあった。会話しているのはトム・ヘイゲン(Robert Duvall)とソニー・コルレオーネ(James Caan)だ。

Tom:親父さんも悲しむぞ。話はあくまでビジネスで、個人的な感情は関係ない。
Sonny:親父を撃っておいてビジネスだなんて話があるものか!
Tom:親父さんを撃ったのも嫌いだからじゃない。ビジネスなんだよ、Sonny!

ここ数日、テック界で発生しているできごとから、この映画のことをつい思い出してしまったのだ。

もう既に皆さんもご存知のことと思うが、TwitterはいくつかのTwitterアプリケーションの利用差し止めを行った。その中には利用者も多いUberTwitterおよびTwidroydが含まれている。今回のTwitterの行動は迅速で、かつドラスティックなものだった。UberTwitterとTwidroydは双方ともにUberMediaのプロダクトだ。同社は急速に、Twitterのエコシステムの重要な担い手を買収して、独自に収益化への道を探っている。

そうした動きを牽制する今回のTwitterの決定は宣戦布告を意味するのだろうか。まあそうだとも言える。但し、何人かが解説しているような単純な話でもない。結局のところ、今回の発表は、それに対して驚いたり怒りを感じたりする人がいることの方が不思議なくらいの自然な動きなのだ。

ともかく、TwitterはUberMediaのプロダクトが気に入らないという理由で利用を差し止めたのではない。Twitterのエコシステムの重要な部分を担っており、非常に重要な価値をもつものをTwitterにもたらしていた。その重要な価値をもつものというのは、もちろん「データ」のことだ。ただ、UberMediaはTwitterが自身の中で大切に守ろうとしている部分にあまりに近付き過ぎた。Twitterの目指す収益化の方向性にとって、阻害要因となると判断されたわけだ。UberMediaが嫌いだとか、そんな単純な話ではない。あくまでもビジネス的判断によってなされた行動であるのだ。

公には「商標権の侵害」や「ユーザコンテンツの利益目的による改変」といったことが理由として挙げられている。これは双方ともにTwitter自身のビジネスに関わる話だ。UberMedia側は後者の理由については、そのようなことは行っていないと否定している。しかしそうした抗弁はとくに状況を変えるものとは成り得ない。Twitterは結局「自社のビジネスについては徹底的に守りぬく」というメッセージを発しているわけだ。

良きに付け悪しきにつけ、今回のニュースは即座にさまざまな反応を引き起こした。大手ウェブもTwitterの発表をうけて直ちにあれこれやと意見し始めた。タイミングを重視する意見も多いようだ。すなわちUberMediaは1週間前にTweetDeckの買収を発表したところだ(TechCrunchでも取り上げている)。また同じタイミングでTwitterは自社アプリケーションのプロモーションを開始している。

ソニー・コルレオーネならば「ビジネスならば耐え忍ぶことも必要だな」などと応じるところだっただろうか。

今回のようなドラスティックな対応をする前に、TwitterはUberMediaに対して警告を発するべきだったという意見もある。Twitter側によれば1ヵ月前に通告を行ったとのことだ。

ただ、実はこうしたタイミング云々という話は大事な話ではない。開発者たちは、大好きだった企業(Twitter)が、開発者コミュニティに対して敵対的な行動を取ったことに怒っているのだ。ただここで再度問いたい。Twitterの今回の行動は、多少なりとも驚くに値することなのだろうか。今回のようなできごとはあちらこちらで何度も何度も繰り返し繰り返し起こっていることだ。これからも歴史の続く限り起こることだ。少なくとも資本主義が続く限り続いていくだろう。

Joe Hewittが投稿したツイートが状況を的確に示していると思う。「ある観点から見れば、どんな企業も『ビジネス』を行っているということ。愛している相手も「ビジネス」で付き合ってくれているんだ」。この発言をHewittのFacebookに対する感情の吐露だと受け取る人もいたようだ。Hewittは直ちに「Techmemeなどを見れば毎日例を見つけることができる」というツイートを行った。もちろん彼の発言はTwitterについてのものだ。

Hewittの意見は正しい。企業と個人の関係が常にそういうものであるとは言えない。またHewittの発言はFacebookについてのものではない。ただ、Facebookについても当てはまる話だ。Facebookも、自社ビジネスを保護したり展開していくために開発者コミュニティに対する敵対行動を起こしたことがある。それも何度も何度も繰り返して行ってきた。

Appleとて例外ではない。Appleの「サブスクリプション」方式については、雪崩を打ったように批判の声が溢れ出している。Appleがなぜこのように非難の声にさらされる決定を行ったのか。それはもちろんビジネスのためだ。単純な感情で企業の意思決定を行ったわけではない。

Googleにも触れておこう。Googleはなぜネット中立性を廻る議論でVerizonの側に立つこととしたのか。GoogleがVerizonの戯言を信じたということだろうか。否、そうではない。それもまたビジネスのためであるのだ。

こうした例はいくらでも挙げることができる。今後もそうした動きがなくなることはないだろう。確かに「ビジネス」的側面をおさえて行動しようとする企業もあるにはある。しかし企業が大きくなったり、あるいは金のことを考えなければならなくなると、やはりこうした動きが出てくることになるのだ。

こうした動きは小さなところから始まる。たいていは当該企業を取り巻くエコシステム構成者に対して、商標の利用を制限するようなところから始まる。これはもちろんエコシステム構成員を嫌っているからではない。むしろエコシステムを構築することに感謝すらしているはずだ。しかし弁護士が絡むようになり、まず商標の取扱いを厳正にしておかないと、自らが自分たちの商標を使えなくなるぞというアドバイスを受けるわけだ。

これもエコシステム構成員にとっては制限となり、腹をたてる者もいる。しかしこれもビジネスのやり方であるわけだ。

パターンをご理解いただけただろうか。

Hewittやその他の人々のように、Twitterに対する失望感や敵対的な意見を言うのは自由だ。しかし企業のこうした動きに対して「驚く」というのはおかしなことなのだ。企業側のそうした動きは起こるべくして起こっているものなのだ。もし企業が自社ビジネスを守ろうとしないならば、当該企業は成り立たなくなってしまうことだろう。そうなってしまえば文句を言う相手もいなくなり、エコシステム全体が立ち行かなくなってしまう。

もちろん、他に採り得べき手段がなかったということが言いたいのではない。また、こうした件を扱う際に、Twitterの振る舞いがあまりうまくいかないことが多いというのも事実だ。

今回のような件につき、企業側がもう少し透明性を維持してくれればと思うことはある。「これまでの実績は素晴らしいですね。しかし私たち自身にお金が必要で、ここであなた方を閉めだしておかなければ自分たちが苦しくなるということになったのです」などと突然に宣言されるというのは耐え難いことだ。

人を殺すことさえビジネスだという側面はあっても、やはり限度というものがある。

ただ、こういう場合にも事前に危機の到来を予測する方法はある。エコシステムの担い手が、サービス本体にあまりにも近付き過ぎたときに危機は訪れるのだ。ZyngaとFacebookの場合もそうだったし、そして今回のUberMediaとTwitterのケースもそうだ。

やはりGodfatherの中にためになる言葉がある。The Godfather Part IIの中に次のような台詞がある。

この部屋で、親父にはいろいろなことを教わった。友人は身近に置くべきだが、敵は一層近くに置いておけということも教わったんだ」。

[image: Paramount Pictures]

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(翻訳:Maeda, H)