起業家のみなさん、残念ながらあなたは「例外」ではない。たぶん「標準」だ

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人間はルーターである

過去2年間毎月平均30時間は機上にいるので、ふだんはあまり見ないのだが映画を ― 大ていは睡眠薬で半錯乱状態で ― たくさん見ている。その一つはスターが勢揃いしたラブ・コメディー『そんな彼なら捨てちゃえば』だった。注意:この映画はオスカーには今夜も今後も登場しないし、それは残酷な見落しがあったからではない。しかし、普通の映画としては十分よくできている。

殆どのTechCrunch読者は、男としてこれを見るのも、見たと認めるのもイヤだろうから、私が映画のあらすじを紹介することにする。人生の大部分がそうであるように、最も単純な説明は、大ていが正しい説明である。男が電話をかけてこなければ、それはあなたの番号をなくしたからでも、出張でエルサレムに行っているからでも、誘拐されて銃口をつきつけられているからでもなく ― かけたくないからだ。彼氏のいない女の子が、気まぐれなあの男がある日目が覚めた時、彼女の大切さに気づいてくれることを夢見る、というおとぎ話は、いつか誰かに起きるかもしれないが、その人は例外であって標準ではない。

この映画の少々冷酷なメッセージは、自分が例外だと思い込んで人生を送るべきはないというもの(もちろんラブコメらしく、主役は最後にその例外となってこの論理にケチをつける。しかし、現実生活のためには彼女がそうはならず、別の男を探したことにしよう。

驚いたことに、先日シリコンバレーのあるディナーパーティーで、この映画の話題になった。話は、Facebook、Groupon、Zynga、Twitterの法外な評価額の与える影響についてだった。こうした価格がいかに狂気じみているかという嘆きは多いが、それがバブルの再来ではないという理由がいくつかある。1990年代終盤、何百という会社が運営開始後1年以内で収益もないまま数十億ドルの評価額で上場した。対照的に今話題にしている4社は、未だに非公開企業であり、主としてプライベートファンドをこの狂気の評価額で調達している。そして ― Twitter以外は ― 相応の収益があり急速に成長している。Facebookの価値が最近の$70B(700億ドル)ではなく$10B(100億ドル)か$30(300億ドル)だという議論はあるかもしれないが、株式市場の変動によって会社が倒産申請してビジネスをやめることになると考える者はいない。それが起きたのが2000年だ。Facebookの評価額は、大恐慌以来最大の経済不況の最中でさえ伸びていた。

しかし、私の隣に座っているベンチャー・キャピタリストは、これら4社の評価額に対して正当な不満が一つあるという。どのスタートアップも、この4社が例外ではなく新しい標準であると、誤認識していることだ。

同じように、稼ぐ手立てがない ― しかしGoogleもそうだった ― と言っている会社はみな例外と標準を混同している。そして同じく、Fred Wilsonの、偉大な製品を持つ偉大な会社 ― 例えばZynga ― にマーケティングは必要ない、という今週の記事も、例外と標準を混同している。Wilsonは正しい、もし例外の話をしているのであれば。この記事に関する騒動の理由は、大部分のスタートアップが標準的だからだ。実は、VCやスーパーエンジェルの間で交される議論の大半は、この区別に行きつく。あるグループは例外にのみ投資しようとし、他方は主として標準に出資する。かつて私が、なぜ製品が歓迎されていることを示す情報もないのに、その会社に価値があると考えなくてはいけないのかと聞いたところ、そのファウンダーはこう答えた、「ええ、でもQuoraはユーザー数を公表しなくても、TechCrunchがいつも記事を書いています。」私は、わかった、でもあなたはQuoraではない、と答えた。

残念ながら、こうした例外の逆は真ではない。マーケティングに金をかけないからといって、すばらしいスターアップであるとはいえないし、収益を上げるまで2年間、製品開発に資金を使い続けることは、次のGoogleになれるという意味ではなく、また現時点で消費者向けウェブ会社であるというだけで、法外な評価額を得る理由にはならない。たとえFacebook、Groupon、Zynga、Twitterがそうだったからといって。

ベンチャーキャピタルの経済は、例外を見つけることに基づいているが、ふつう、一サイクルにいくつもの例外はない。冷酷な真実はそれが二者択一であることだ。巨大であるかそれ以外かであり、通常ナンバー1とナンバー2の間には少なくともゼロ4つの違いがある。そして、消費者ウェブの分野では、自分がどちらに属しているかが早い段階でわかる。Facebookの評価額は、Accelが$100M(1億ドル)の評価額を付けた時から、尋常でなく高すぎると考えられてきた。

大成功することがない、と言っているのではない。標準的企業から、何百万ドルも稼ぎ出す価値ある商品が出てくることもある。私はTechCrunchはその範疇だと思っている。われわれに10億ドルの価値はないが、おそらくこれまで自分たちのために稼いだ金額よりはるかに多い金額を他の人たちのために稼ぎ出している。そのごく一部を担っていることを私はとてつもなく自慢に思う。しかし、偉大な起業家は夢を見ると同時に、現実にしっかりと根を張っている。退路を絶ったり、評価額を高くするだけのためにパートナーの選択を誤ったり、間違った理由で会社を起業する誘惑にかられたりする前に、自分がどの陣営にいるかを知ることが重要だ。

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(翻訳:Nob Takahashi)