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アプリの壁

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支払いサービスがAppleやGoogleにさえ難しい理由

数日前友人からメッセージが送られてきた。「ついに会わなくても話せる方法ができて嬉しい」。

もちろん彼は、冗談で言っている。彼はこのメッセージを、Yobongoという、今週スタートした位置情報ベースのリアルタイムチャットアプリを通じて送ってきた。同じ日にわれわれは、似たような会話をGroupMeで交わした。そしてその前にはBelugaで。そしてHeyTellで。そしてFacebookメッセージで。

しかし、彼の冗談には重要な意味が隠されている。最近私は、ある壁に突き当たることが多くなってきた。同じような種類のアプリをたくさん使いすぎて、どれ一つとして本当の役に立っていない。実際、概して私はアプリをたくさん持ちすぎている。アプリの壁に当たってしまったのだ。

たしかに私の使い方は非常に極端だ。来週のSXSWを直前に控え、私はそこで発表したい人たちの新しいアプリ5~10本をヘビーにテストしている。しかし、実はこれが、将来誰もが向かう先なのだ。平均的ユーザーが突き当たるまでにはまだ時間がかかるだろうが、いずれは誰もがこのアプリの壁に当たる。

この意味で、今のアプリは新しいウェブサイトと同じだ。一日に行けるサイトの数は限られているので、気に入ったところを見つけて、それを見て回るサイクルを毎日繰り返す。この「必見サイクル」の中にに新しいサイトが割って入ることは稀だ。

RSSなどの技術や、今ではTwitterなどのソーシャルフィルターが、この単調な作業を楽にしてくれる。しかし、アプリに関してはまだそういうものが存在していない。最も近いのが、プッシュ通知とBoxcar(通知)、そしてChomp(発見)だ。たとえ、多くのアプリのデータを一元的に使う手段が用意されていても、ユーザー毎に常用アプリのグループが出来てくる。そして、一人で使えるアプリの数にはやはり限りがある。ウェブサイトと同じように。

違うのは、多くのアプリ開発者がこのことを本当に理解しているのかどうかわからないことだ。現在モバイルプラットフォームの爆発的広がりによって、アプリ分野は活気に満ちている。そして、一つのアプリがほんの少しでもヒットすると、何百という類似アプリが出現する。そしてその全員が、自分は正しい時に正しい位置にいると考えているように思える。

一年前われわれは、位置情報アプリでこの現象を見た ― その結果アプリの壁を一部を成すチェックイン疲れを招いた。現実には、もちろん全部が成功したわけではない。大きな勝者(Foursquare)、さらにはそこそこのヒット(GowallaSCVNGR)でも、それぞれに対応して、何十もの失敗した/失敗している/失敗するであろうアプリが他にある。

この分野にFacebookとGoogleが本格参入した以上、今後純粋な位置情報チェックインサービスが新しく出てくることはありそうにない。代わりに、そこここで方向転換が起きている ― 今なら写真共有アプリとグループメッセージングアプリがそうだ。現在これらの分野は非常にホットであり、報道の注目度も高いため誰もが乱入してきている。

この戦略がうまくいくこともあるだろう。しかし、うまくいくのは各分野の上位2~3位までだろう。だから挑戦するなと言っているのではないが、覚えておくべきだ。

自分がその分野で圧倒的な優れたアプリを持っていると心から信じているなら、もちろん進むべきだ。全力を注ぎ込み、成功するまで止まってはいけない。運の要素があることは間違いないが、最終的には良い物が勝つことが多い。Facebookは最初のソーシャルネットワークではなかったが、〈最高〉のソーシャルネットワークになることを彼らは知っていた。

もちろん、Facebookは例外であって標準ではない。また、昨今のアプリの多くは自分が最高であるとは思っていないと私は思っている。誰かにそう思ってもらいたいと願っているだけ。しかし自分では思っていない。

簡単なテストがある。もし、ライバルの機能をコピーしなくてはならない時、あなたは最高ではない。これは最高の製品がコピーをしないという意味ではない。もちろんする。しかし、コピーで最高になるスタートアップはめったにない ― コピーするのは最高であり続けるため、またそれが可能だからだ(悲しいが恐らく真実だ ― そして、うまくいくのはさらに独創的な革新による味付けが加わった場合だけだ。ここでもFacebookのように)。

サービスを最高たらしめる機能がコピーできないのは、それが実際には機能ではなく、ライバルからそう見えているだけだからだ。そういう「機能」は、そのサービスに深く組み込まれた原理であり、それを作ったスタートアップにとって不可欠な要素である。別の言い方をすれば、それらの「機能」は製品開発当初から織り込まれていたものであり、(コピーする側のように)後から付加されたものではない。

しかし、最近は他人の機能を真似るだけのアプリ開発ゲームが横行している。ただ単に波に乗り、他と同じようにヒットすることを願う。もちろん、殆どがそれを公には認めない。しかし、多くの人が頭の中ではわかっているに違いない。そしてもし、あなたがそんな一人なら、努力に費した時間に値する価値が生まれる可能性は、きわめて小さい。無限に小さい。

厳しい現実であるが、それが現実だ。

「模倣」写真アプリや、「これも使ってみて」的グループメッセージングアプリを作る代わりに、なぜ全く違うことを始めようとしないのか。誰もまだやったことのないことを。もちろん、言うほど簡単ではない ― しかし、完全に飽和状態にある市場で戦おうとするのと比べて、どれほど難しいだろうか。

モバイルは、間違いなく正しいターゲットだ。新しいフォームファクターと過去のコンピューターの束縛からの自由によって、可能性はいくらでもある。今はまだ、ほんの上っ面をなでたにすぎない。

同時にそれは、固い上っ面でもある。毎日数多くのアプリが公開され、モバイルユーザーは誰でも日々アプリの壁に近づきつつある。つまり、新しいアプリが注目されるためには、良いだけではなく〈すばらしい〉必要がある。

アプリの壁は、アプリが一つ入るたびに、一つ出ていかなくてはならないことを意味している。つまり、どれか他のアプリを置き換える価値のあるアプリでなければならない。あなたのデザインしているアプリが、世の中のiPhoneやAndroid機のホーム画面に置かれるためでないなら、まだ目標が十分に高いとは言えない。

これはアプリの壁に突き当った者の言葉だ。

[写真:flickr/awayukin and flickr/Oyvind Solstad

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(翻訳:Nob Takahashi)