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プロジェクト・グーテンベルグの創始者、マイケル・ハート(1947~2011)

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1971年、Michael HartはXeroxメインフレーム機の利用時間をもらい、何か価値ある物を作る義務感にかられた。あるアイディアが閃き、独立記念日にもらった独立宣言の全文を忠実にタイプした。次に彼は、そのメインフレーム機に繋がっている全員にこれを送ろうと試み、危うくネットワーク(というほどでもないが)をダウンさせかけた。テクノロジー史上最も先見性のあるプロジェクト、プロジェクト・グーテンベルグの不吉な出発である。

今われわれが知るウェブの基本原理の殆どを、プロジェクト・グーテンベルグは備えていた。世界中のデータをデジタル化し、自由に入手できるようにするという発想は、ここに初めてその本格的な第一歩を踏み出した。YouTube、iTunes、そしてもちろんGoogle Booksも、印刷されたページを1と0とに変換した、あの最初の起動力のスケールアップ版にすぎない。

そして、著作権侵害、特許紛争、商標いじめの時代にあって、このプロジェクトは、後世の人々がわれわれの空虚ないさかいを決して望まないことを思い出させる、粛然たる記録である。

実は、Hartとその有志グループが下した決断は、未来の市場とテクノロジーを予言したばかりでなく、これが利益と商売目的に使われる厄介な時代も見越していた。他人の作品をお金にするのはAmazon、Adobe、そしてAppleの仕事だ。プロジェクト・グーテンベルグは常に、できる限り多くの作品をできる限り利用できるようにすることに全力を注いだ。書籍データが、AmigaからiPadまであらゆる機種でサポートされている単純アスキー形式なのはそのためだ(最近になって、他のフォーマットも多少追加された)。これはインターネットの最も純粋な形、最も単純で最もオープンな方法による、拘束されない情報の伝承だ。

プロジェクト・グーテンベルグのアプローチは最初であるだけでなく、今でも最高だ。企業や業界は、コバンザメのようにこの進歩の箱舟にまとわりつき、独占権と市場性のある限り得られる利益を吸い取ろうとするが、われわれの進む方向に変わりはない。Hartは真のビジョナリーであり、彼の目はそれ以降の多くの人たちよりも、遠い地平線を見すえていた。

Hartはイリノイ州の自宅で先週亡くなった。彼の勤勉さ、思いやり、そして謙虚な態度が惜しまれてならない。死亡記事はここにある。Hart自身によるプロジェクトの歴史はここに

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(翻訳:Nob Takahashi)