もっと味の濃いインターネットがほしいね

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複数のサービスが行うタスクをユーザがif..thenで結びつけられるIFTTT

インターネットの最大の魅力と価値は、対話的コミュニケーションの「瞬時性」+「個人化」だ、と思っている。このところのもっとも至近な話としては、私はライター/翻訳者という立場で、いろんな話題について広く浅く知っているつもりでいるが、残念ながら、個々の特定の技術について深く詳しくは知らない。そのため必然的に、ときどき誤訳が生ずるし、本人はその誤訳を自覚していない。しかしインターネットのすばらしいところは、ほとんど数時間以内、遅くとも24時間以内に、その分野に詳しい方からの誤訳指摘や訂正が、翻訳記事のコメントやはてなブックマークのコメントなどに載ることだ。私もすぐに対応して、問題の箇所を書き直したりする。それによりもちろん、記事のクォリティは大きくアップする。

このことをもっと一般化して言うと、インターネット(のようなオープンでグローバルな通信ネットワーク)を基本インフラとする社会では、作品――とりあえず“言語作品”――は、特定の作者が作るのではなく、わざと漠然とした言い方をすると“みんなが”作るのだ。今やその例は無数にあるが、いちばん燦然と象徴的に存在するのが、UNIXの民主化オープン版とも言えるLinuxではないだろうか。私のデスクトップもLinuxだが、ご存じのようにLinuxのおかげで高性能でセキュアなOSというものが安価なコモディティ化され、今、人知れずLinuxで動いている製品(ハードとソフト)は世界中にとっても多い(身近なところではAndroid)。私も昔、C言語のソースのコメントの書き方で“提案”をしたことがある(その詳細は恥ずかしいので省略!)。

まだネットのネの字もないころの中学生時代、当時の某有名著作家に、その某作品の某箇所についての((質問+批判)/2)のような手紙を送ったことがある。結果は、なしのつぶてだった。ひるがえって現代は、出版不況という言葉が言われるようになって久しく、その“不況”は依然として回復の兆しもないが、そもそも出版社や編集者などが、いまだに、ネットの持つ対話性の魅力と威力に全然目覚めていないことが、慢性不況の大きな一因ではないだろうか。コンテンツはみんなで作る、というコンセプトに立ち、おもしろいテーマに有能なモデレータを付けていけば、人気が沸騰するサイトを今後無限に作れるだろう。収益源は広告+アイテム販売+有料オフラインイベントで十分なはずだ(印刷物としての本は、有料アイテムのone ofとなる)。ちなみにLinuxは、歴史を司る神様の配剤で、モデレータ(Linus Torvalds)がとても優秀な人物だった。

それに、これはとても重要なことだと思うが、コンテンツはみんなで作るというコンセプトで展開されるサイトは、完全に個人化された教育と学習の機会&場でありうる。相当幼稚な質問や批判などでも、無視しないよう、モデレータが優しく細心の配慮をしなければならないが。自分の経験から確信を持って言えるが、勉強ができない子のできない原因の大半は、教師や教科書など教える側の画一性にある。言い換えると、学習機会が個人化されていない。私の頭の構造に合った教え方を、してくれぇ!

田舎に住んでると、買い物もネットに依存することが多い。そしていつも感じるのは、「コンテンツはみんなで作る」は「製品はみんなで作る」に拡張できる、という思いだ。物と機会によっては、「価格はみんなで作る」もありえるだろう。各人の、“こんなものはないか”、“こんなものが欲しい”という思いは、まず、特定の店の特定の店員などより幅広い既存商品知識がネットから得られ、それで満たされない部分については、企業の新製品アイデアへと結実していく。これまでのような、一方的に与えられる製品/商品から、自分の欲求やニーズや感性を満たす製品への転換だ。

もっと一般化して言うと、売り手主体ではなく、買い手主体のECサイトが、こらからは多種多様にあってほしい。

私は、Facebookは初期のスパム攻勢にうんざりして挫折し、Twitterはどーでもいいようなツイートの多さ(しかも話の筋道を把握しづらい)で挫折してしまった。こういった、社会のネット化初期に特有の、ただただぶわぁーっと無規定に広がってしまったようなサイトではなく、テーマや目的がそれぞれ絞られた、「味と香りの濃い」サイト、しかもみんなで作るボトムアップサイトが、これからは栄えてほしい。

ではみなさま、良いお年を。来年もTechCrunch Japanをよろしく!

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(本記事筆者:iwatani(a.k.a. hiwa))