「Google Play」? Android Marketで何が悪い

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Googleは私にわからないことをよくやる。何千人もの天才社員を抱えるこの会社は、しばしば最も愚かな決断を下す。今日(米国時間3/6)Googleは、同社のAndroid Marketに新たな一ひねりを加えた ― ただしもうAndroid Marketという名前ではない。単なるネットショップのテザイン変更ではなく、GoogleはすべてをGoogle Playへと再ブランドした。

理由はもっともらしい。Googleは、同社の提供するものがアプリだけでないことを明確に表現したかった。Playの名前は多面的であり、ゲームのプレイやメディアのプレイボタンを想起させる。クールだ。しかし、殆どの〈マーケット〉が2種類以上の商品を売っている。元の名前でも十分通じる。

Googleは車線変更に難がある。ちゃんとした予告なしに突然やってくることがしょっちゅうだ。これは、早く出す、頻繁に出す、というGoogle哲学の副作用の一つだ。Googleはよく、製品をまず出しておいて市場の要求に合わせて進化させる。これはベンチから出てきたばかりの製品には通用するが、Androidの主要機能を交代させるには試合が進みすぎている。

今日Chris [Velazco]が指摘しているように、新しい名前と共にGoogle Playは全く新しいアイコンに切り換えた(ちなみにGoPlayのアイコンによく似ている)。ショッピングバッグは姿を消しカラフルなプレイボタンがとって代った。2~3日のうちにあなたのデバイスにもアップデートが届くだろう。もう来ているかもしれない。

この再ブランド化は他のGoogleアプリにも影響している。Google MusicはGoogle Play Musicになった。Google MoviesはGoogle Play Movies。そして、BlackBerryファンボーイは喜ぶかもしれないが、Google BookはGoogle Play Booksになった。

Googleの仕事の殆どがAndroid Marketのウェブサイトで起きていたが、私が見る限り、要求にかなうデザインとは言えなかった。しかし全面的なリモデルは必要なかった。Android Marketはペンキを塗り直してカーテン等を取り替えるだけでよかった。アプリは常にAndroid Marketの主役だった。これからは音楽、映画、本と同等の空間を分け合うことになる。従来これらのコンテンツは見つけにくいタブの奥深く隠されていたため、高いコンバージョン率に結び付くことはなかっただろうが、新サイトを呼ぶ結果になったに違いない。

新ブランドはもう一つ、このコンテンツがAndroid専用だという汚点からGoogleを逃れさせる。Android MarketからGoogle Playに変わったことで、この配信サービスがモバイル機器だけのためではないことを静かにアピールしている。しかし、なぜ単にGoogle Marketにしなかったのだろう。同じ概念を伝えつつ、Google Playの名前が発する複雑なメッセージ性はない。

実際、新しい名前にはそれ自体汚点がある ― 「play」という単語には明確な含意がある、そう、ゲームだ。暇つぶし。道楽。Googleがユーザーのために用意したさまざまな種類の〈もの〉を表す万能の言葉を使う代わりに、全く重々しさのない名前を押しつけられてしまった。Google Play Storeという名前は、6歳児には楽しい響きだが、有用なアプリや洞察力に富んだ本をダウンロードする場所ではない。

Googleは製品に関して問題がある。持続可能で長期にわたる成長のためには、優れた決断力と適切な先見の明が必要だ。2008年においてさえGoogleは、この会社のApp Store対抗品がいずれアプリだけでなくメティアも売るようになることを予知できなかった。もしAndroid Marketが適切なブランドでなかったのなら、最初から使うべきではなかった。

消費者はバカではない。今まで通り何とかしてメディアを手に入れるだろう。そういう問題ではない。GoogleはAndroid Marketを3年半前にスタートし、モバイルでは今やAppleのApp Storeと同じくらい通用する名前だ。「market」という名詞が小売店の店頭をほのめかすのに対して、「play」は単なる言葉遊びにすぎない。くだらない。

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(翻訳:Nob Takahashi)