ニュース

Googleメガネを批判する人々

次の記事

骨董の真贋鑑定を助けてくれるモバイルアプリInfo-Snap

私がGoolgeの擁護にまわるのは随分と久しぶりだが、昨今の技術的コメントの数々に目を通してみて、いかに私が失望したかを語る時が来たようだ。直近の例が、GoogleのGlassプロジェクトに関するもの。未来の旅行者のためのHUD(ヘッドアップ・ディスプレー)で、私たちをごく控え目なやり方で現実世界と繋いでくれる。この製品が実現不可能であることはほほ間違いないが、このデバイスの未来は、例え今ビデオで見られるものの極く一部が実現したとしても、実にクールだ。

驚きの声をあげ、バカ笑いし、そしてふだんの生活に戻る代わりに、DaringfireballのJohn Gruberはいくらか時間をかけて、Google Glassが直面するであろう問題点の例を示す3つのリンクを紹介した。彼は、実に正しく、こう指摘した。存在しない技術に関する派手なビデオを作るのは、最悪の会社だけだ。

しかしこれはGoogleだ。金はいくらでもある。もし、Android電話に繋がるそこそこのHUDでも彼らが作れば、相当クールな製品になるだろう。私はそれが100万台売れるとも(多分売れるだろうが)、ビデオに出てくるようなクールな製品を彼らが作るだろうとも(多分無理)言わないが、実際それをトライしている、というだけでわれわれギークは喜ぶべきなのではないか。何年も前から約束されていたものが、突如現れたのだ。

常々私はGruberやMG Sieglerや他の同じような連中共々、感情的なファンボーイ問題に不平を言ってきた。Android対iPhone? 私は誰よりも冷笑するだろう。次の主役はWindows 8? 私は大物たちと一緒に肩をすくめる。しかし考えてほしい。われわれはテクノロジーの世界にいる。みんなテクノロジーが大好きだ。Googleがこの次世代インターフェースとユーザー体験で失敗することを願うのは、まるでジェレミー・リンが壊疽で片足を失うことを願うなものだ ― ニックスが嫌いだというだけの理由で。了見が狭い。

Gruberはこう言っている(信じてほしい。私はGruberをテク業界最高の論者の一人だと思っているので、この件で彼の名前を出したくもないのだが、そうすべきだと感じたのだ。少なくとも私の健康のために)。

Googleの新たなMicrosoftへの変遷過程は完了した。気取ったSF的コンセプトビデオで驚くほどぶざまな拡張現実メガネを宣伝しようとしている。

たしかにあれは気取っていてSFっぽいし、あれはコンセプトだ ― しかし、構想から現実へと容易に変わり得るコンセプトだ。すでに多くのHUDが出回っている ― 良い物は一つもないが ― そしてGoogleのビデオよりよほどSF的に見えるメガネを通して世界とやりとりするコンセプトもたくさんある。実際Googleのコンセプトは少々生真面目すぎるし、会社が十分安定しているのでとっさの思い付きを市場に出すこともできる ― Google TVとAndroidを見てほしい。上にでてきた製品について何か言いたいことがあれば言えばいい。Googleに一貫してできることが一つあるとすれば、それは出荷すること。

もしMicrosoftがこのビデオを出して、Windows 8には特別なWindows Visionモードが入ります、と言ったとしても、それが出荷されると私が信じる可能性は低い。Microsoftはハードウェア製品を出すことに長けていない。ソフトウェアはもちろん得意だ。しかしわれわれが買うチップを変更することに関して芳しい実績はない。Googleなら、なんとかしてくれそうな気がする。

犯罪が起きる前に何を糾弾しようというのか。やらせてみよう。失敗するのか、モバイルの世界を変えるのか、それともユーザー体験の面白くて便利な一要素となるのか、見てみよう。いずれにせよ、かなりクールであることは認めようじゃないか。

カート・ヴォネガットは何と言ったか? 「なあ、赤ちゃん、きみたちがこの星で暮らせるのは、長く見積もっても、せいぜい百年位さ。ただ、ぼくの知っている規則がひとつだけあるんだ、いいかい ―― なんてったって、親切でなきゃいけないよ」

私たちは政治についても、会社の方針についても、そしてプラットフォームについても異を唱えることができる。しかし、時として驚きと斬新さと未来こそが、自分自身や赤ちゃんたちに伝えようとしているものであることについて、私たちは異を唱えることができない。

[原文へ]

(翻訳:Nob Takahashi)