起業のアイデアやニーズはたくさんあっても技術者の絶対的不足–その解決策は?

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家をハックする:カリフォルニア大学1年生による「バカバカしく自動化された寮室」を見よ

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編集者注記: この記事を書いたゲストライターJon Bischkeは、Enteloのファウンダで、数社のスタートアップのアドバイザーだ。Twitterで彼をフォローするにはここで。

近頃は、第二のKevin Systromになりたいとやる気満々の新進起業家をつかまえて、成功するためのいちばんの課題は何か、と尋ねると必ず、嘆きの言葉が返ってくる。有能な技術者がなかなか見つからない、というのだ。たとえば最近あるパーティーでスタートアップのファウンダがこう言った: “3か月以内に優秀な技術者を5人見つけてくれたら、40万ドルさし上げますよ”。クレージーな話だ。しかし、Instagramの技術者チームの価値〔買う/買えるとしたら〕は一人当たり8000万ドル近いと評価されている。最近の企業開発コンサルタントたちは、起業の費用として、技術者の獲得費用を一人当たり50〜100万ドルと計算している。それに比べれば、RubyやScalaを速射できる連中をバスケットボールのチームが一つできるほど雇うのに40万ドルは、クレージーというより、むしろ控えめなお話だ。

これほどまでに技術者が高値の売り手市場になっている、それなのにかんじんの売りものが労働市場に払底している。さぞかし今どきの大学生たちは、群れを成してコンピュータ科学に殺到していることだろう。カリフォルニアに、第二のゴールドラッシュが訪れたのだ? 今は、それまで無名に等しかったような独学のプログラマが、突如、年収数億ドルのCEOになれる時代だ。情報工学系を専攻に選ぶ学生が当然のように、急増しているはずだ。

ところが、現実はその逆だ。たとえばこんな記事がある(Marginal Revolutionのブログより):

2009年の合衆国の、コンピュータ科学と情報科学の学士号取得者は37995名だった。悪くない数字のようだが、25年前に比べると減っているのだ!

プログラミングの人気が盛り上がり、何もかもコンピュータ化していく今日なのに、コンピュータ科学専攻の学生が増えていない。一体、何が起きているのか? 上のブログ記事から、さらに引用しよう:

2009年の合衆国で、視覚芸術と舞台芸術を専攻し卒業した学生は89140名で、これはコンピュータ科学と数学と工業化学を合わせた数より大きく、1985年の視覚/舞台芸術の卒業生数の倍である。

今育っているのは、今本当に必要なGates世代やZuckerberg世代ではなく、American Idol世代やSo You Think You Can Dance世代なのか。最近(2009-2010)の労働統計[PDF]によると、2008年から2018年までに生じるコンピュータと数学関連の新たな求人は78万5700と推計されている。ただし、今の卒業生数(上記)のペースではとてもそれを満たせないことは、数学を専攻しなかった者にでも分かる。

しかし重要なのは、何が起きているかではなく、なぜそれが起きているかだ。底辺に就職の問題があり(コンピュータ科学専攻者は失業率が最低)、上辺に新しい宝の山(スタートアップで成功すること)があるのなら、コンピュータ科学やコンピュータ工学に学生が殺到して当然じゃないか。なぜ、そうならないのだろう?

人びとがなぜ、C++とアルゴリズムよりも演劇や音楽の勉強を選ぶのか。説明はいろいろあるが、そのうちのいくつかを取り上げてみよう。

テクノロジはおもしろくない: 中西部だけでも毎年数千人も選ばれるプロムクイーン(prom queen, ミス○○大学)たちにとって、ハリウッドの魅力と魔力は否定できない。狭い部屋に一人きりで座ってコードを書き続ける孤独な作業には、それに匹敵する輝きも興奮もない。

でも、そんなさえないイメージがすべてではない。〔映画The Social Networkの〕Sorkinはナード(コンピュータおたく)に脚光を当て、“さえない”大学生でも起業家として億万長者になれる例を見せた。Forbes 400企業のトップでなくても、優れたギークであれば、自家用ヨットを持ったりプロのフットボールチームを買ったりできるのだ。しかも今はテクノロジが世の中の至るところにあり、強力なコンピュータが万人のポケットに入る時代だ。

テクノロジは難しい: うーん、これはやや真実に近いかな。プログラミングの勉強が年とともにどんどん難しくなってる、ということはない。Ruby on Railsのようなフレームワークによって、それはむしろ、昔より易しくなっている。難しいのは、それがなければ技術者にはなれない、基礎の理解だ。

そもそも今の教育は、そのあらゆるレベルで、基礎的知識の習得がおろそかにされる。だから勉強が、先へ進めば進むほど難しくなる。Kahn AcademyのSalman Khanが、 TEDの講演でこう語っている:

“…進歩の速い優秀な生徒が、突然代数に挫折し、突然微積分に挫折します。とても頭のいい子が良い先生についても、そうなるのです。それは、彼や先生が、基礎を学ぶ時点で、「スイスチーズの空洞(Swiss cheese gaps)」をたくさん作ってしまったからです。”

〔訳注: ある種のチーズは、中が気泡だらけである。〕

これは、ある意味では教育の問題のようだ。でも、それだけではない。ほかにも重要な問題がある。

コンピュータ科学やコンピュータ技術に青少年にとっての誘因がない: 自分の将来の進路を決める高校生のころには、STEM学科(科学、技術、工学、数学)の経済的な利益が理解しづらい。だから演劇もコンピュータ科学も等価に思えてしまい、演劇専攻を選んでもそれを不合理とは思わない。

しかし、社会にとって、演劇を専攻することの費用がコンピュータ科学を専攻することの費用よりも高ければ(演劇専攻者は納税額が低く、失業者福祉への依存度が大きい)、演劇専攻に進むことは損である、という判断ができるだろう。実際に中国では、将来の雇用見通しの悪い学科/学部を廃止している

たぶん本当は問題は何もない: しかし、進路決定にあたっての誘因の問題を深刻に考えなくても、今ではCodecademyCodeLessonGeneral AssemblyDev BootcampTreehouseUdemyなど、自学自習のできるサービスやWebサイトがいろいろと勃興しているから(実はぼくはUdemyのアドバイザーだ)、コンピュータ科学を専攻する学生が少ないことを、それほど悲観しなくてもよい。重要なのは、大学で何を専攻したかではなくて、スキルを当人が身につけることだから。

まだまだ考えなければならないことは多く、簡単な答えはない。必要なのは、この話題をめぐって会話が盛り上がることだ。非常に皮肉なことに今は、新卒者の就職見通しがとても厳しい時期と、この惑星上でもっとも先進的な企業群が人不足で困っている時期が、完全に一致しているのだ。このパラドックスを解決するためには、何をすべきだろう?

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))