インターネットが政治的関心を高めない理由

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かつてアメリカの政治はもっと面白かった。19世紀に盛んに行われた政治カーニバルは、パーティーとパレードと政治演説を、終わりのない地域市民生活の流れの中に浸透させた。その結果アメリカは大統領選挙、地方選挙ともに驚くべき投票率、70~90%を実現した。しかし、インターネットは実生活での政治関与に必要な感情を捉えたことがない。受け身の有権者に命を吹き込むための数百万ドルのキャンペーンで失敗を繰り返すだけだ。

例えば、民主主義へ関与を劇的に向上させると広く予言されていた、2つの技術的取り組みを見てみよう。オバマの2008年キャンペーンとAmericans Electだ。前評判とは裏腹に、バラク・オバマの巨大オンラインキャンペーンは、若者の投票率をわずか2%しか増やせなかった

第三政党大統領候補のためのクラウドソースによるオンラインプラットフォーム、American Electは、アメリカ民主主義のデジタル救世主になるはずだった。The New York TimesのThomas Friedmanはこう予言した。「Americans Elect。Amazon.comが本に対して、ブログ界が新聞に対して、iPodが音楽に対して、drugstore.comが薬局に対して、それぞれしてきたことを、Americans Electはアメリカ政治を支配してきた二大政党による複占に対して、行おうとしている」

Americans Electは、市民がオンラインで企業献金に汚染されることなく、直接第三政党候補に投票し、勝者の全国キャンペーンに資金提供できるようにすることを約束していた。現在、メディアの大きな注目と、ウォール街の億万長者たちの資金、そして直接民主主義を約束していたにもかかわらず、Americans Electは、候補者擁立に必要な1万票(共和党予備選挙の立候補者の1%以下)の獲得に失敗した

オバマ・キャンペーン、Americans Elect、そして他の選挙スタートアップたちも、皆すべて権利向上を約束している。しかし、もし権利向上が投票を促すのなら、女性やアフリカ系アメリカ人は、選挙権を与えられた後、高い投票率を維持してきたはずだ。スイス、地球でもっとも民主的と言ってもいいこの国では、国民はあらゆる主要な法律に関して、最大年に7回直接投票を行う ― しかし、投票率は非常に低く30%前後を漂っている

では、1世紀前の超高投票率の原因は何だったのか ― 権利向上でないとしたら。Mark Lawrence Kornbluhが、実に有益な著書「Why America Stopped Voting」[何故アメリカ人は投票しなくなったか]の中でこう説明する。かつて民主主義はアメリカ人の日常生活の一部だった。頻繁に行われるカーニバルやパレードには、政治演説がつきもので、祭好きの市民が地元政治家と談笑し、彼らが直接責任を持つ問題について議論した。その結果アメリカ人は、驚くほど意識が高まっただけでなく、博識になった。トーマス・ペインの政治哲学を読んだ人の割合は、こんにちスーパーボウルを見る人よりも高かった。さらに彼らは、時には6時間以上に及ぶ大統領候補討論を辛抱強く聞いた。

そして、テクノロジーがパーティーを潰した。「1920年代になると、ラジオ放送が大集会や終日の演説に取って代わった」とKornbluhは書いている。「有権者の役割が受け身になっていくにつれ、彼らの選挙政治への熱狂が薄れていったことは想像に難くない」。人々の注目は地域の問題から離れ、政府改革者が権力を集中させ選挙の回数を減らすにつれ、アメリカ人は傍観者になった。政党は古き良き日々を支援する動機をなくした。もっと効率の良い大量情報伝達の手段を自由に使えるからだ。さらに、政党の有権者に対する直接的資金提供(即ち汚職)を制限する新法の負担も加わり、大規模な市民パーティーは立ち消えた。

究極的には、投票を動機づけるにはある非常に大きな問題を克服する必要がある。投票は不合理である、なぜならどの一人も変化をもたらすことができないから。民主主義の歴史の中で、わずかな違いを生むために市民が自分の時間を犠牲にすることを前提に、高水準の関与を維持できたためしはない。金ぴか時代の集票組織は、政治と楽しみを(時には非倫理的な方法で)混ぜることによってこのジレンマを解決した。

この政治における楽しみの必要性は、意外なペアによって完璧に説明される。エストニアとAmerican Idolだ。エストニアは最初に携帯電話とインターネットによる便利な投票を許可した国だが、そのわずかな投票率の向上は、19世紀アメリカの足元にも及ばなかった。しかし、American Idolは、これもSMSで投票しているが、地球最大の民主主義の一つだ(そして、投票結果によって健康保険を失う人もいない)。

インターネットは民主主義の拡大を約束しているが、バーチャルな関与は、テレビやラジオを通じて受動的に政治に関わっていた20世紀のカウチポテト族と、すべてにおいて同じくらい魂がない。誰かがワクワクする楽しい時間をFacebook上に作る方法を見つけるまで、インターネットが選挙の救世主だという賭けには乗らないことだ。

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(翻訳:Nob Takahashi)