AnyPerkはどうやってできたのか―日本人初のY Combinator卒業生の半年間(後編)

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編集部注:これはこの1月から3月の間Y combinatorで修業したスタートアップ3人組AnyPerkについての話だ。前編はY combinatorに採択されるまでの話だったが、後編は実際にY combinatorで過ごした時間となっている。そして日本人だからこそ生まれたAnyPerkの意外な誕生秘話が明かされる。

「いいかい。これからの12週間で君らがやれることはたった2つだ。1つはコードを書くこと。そしてもう1つはユーザーと話すことだ。それ以外はやってはいけない。」

Y Combinator(以下、YC)の投資プログラムに採択された全員がPaul Grahamに最初に言い渡されるのがこのお達しだ。2012年1月に日本から採択された当時miepleを開発していた福山太郎、Sunny Tsang、高橋篤博もこの洗礼を受けることになる。これからの12週間、YCのメンタリングを受ける身としてやっていいのはこの2つだけで、ネットワーキングのイベントに出向くのも、採用活動も、資金調達もデモデーまでは許されない。要は12週の間は3人だけでとにかく集中してプロダクトを作れということだ。

東京で毎週ネットワーキングに勤しむスタートアップ経営者にとっては少し耳の痛い話かもしれない。でも、これはYCだからできることなのかもしれない。というのも、YC生の将来はメンタリングの最後に開催されるデモデーにすべてがかかっているからだ。

この日は世界中から集められた誰もがその名を知るエンジェル投資家やトップティアのベンチャーキャピタリスト、有名メディアのジャーナリストなど500名が参加して、YCからデビューするスタートアップたちを評価する。だから、デモするプロダクトは、それまでに出来うる限りの最高のものとしてブラッシュアップしなければならない。時間がないのだ。こんな理由からスタートアップたちがやっていいのは冒頭にあるPaul Grahamが述べた2つのことに絞られる。

YC生として生活する12週間は、よく知られているように、メンタリングを受けられるオフィスアワー、外部からの講師を招いての火曜日のディナー(もちろん講師は成功した起業家や著名な投資家たちだ)、そして12週の最後を締めくくるデモデーによって構成されている。メンタリング内容はおおまかにいえば、最初の10週はユーザーフォーカスとコードを書くことに集中し、最後の2週間はデモデーに向けてのプレゼンテーションの練習となっている。もちろん、進捗の程度によってその内容は変わる。

徹底されるのはユーザーの声を聴け

miepleを開発していた3人もご多分にもれず、当初はmiepleの今後の方向性を議論するところからメンタリングから始まる。メンタリングを受けるオフィスアワーでは、スタートアップたちがYCのパートナーの時間を予約して相談をすることになる。通常は1回につき30分だ。自分たちのオフィスからYCオフィスに出向いて相談をしに行く。たぶん、初回のオフィスアワーでのYCパートナーとの会話はこんな感じだったに違いない。

(miepleについての説明を聞いたあとに)「……なるほど、それでユーザーはこのサービスについてなんて言っているんだい? どういうところが気に入っているのかい、どういう場面で使っているといってるんだい?」
「うーん、僕らのサービスはまだユーザーがそんなにいなくてこっちではユーザーの声を聴けてないんです。でもユーザーが使って便利だと思うところは……」(と自分の考えを説明し始める)
「いやそれは君たちの考えであって、ユーザーの声じゃないね。もしユーザーがいないんだったら、ユーザーになりそうな人たちにヒアリングするべきだよ。」

オフィスアワーでアドバイスされることは徹底して「ユーザーの声を聴け」だ。これは、直接、ユーザーの声を聴くこともあるし、定量的にユーザーの行動を計測することも含まれている。自分たちが仮説を立てて話そうとすると、それはユーザーの声ではないと一蹴されてしまう。まさにリーンスタートアップを地で行く手法を実践している。AirBnBはかつてYC生だったときには、ユーザーがニューヨークに多かったために、わざわざニューヨークまでヒアリングしに行ったのだという。

ここでmiepleについて簡単に説明しておくと、このサービスはFacebookでつながった友達のさらに友達の中で気になる人がいれば、友達伝にその人物を紹介してもらおうというサービスだ。若い世代が考えそうなサービスだった。

miepleはベータ版でユーザーがほとんどいなかった。しかもそのほとんどは日本のユーザーだ。米国でユーザーの本音を訊こうにもそう簡単にはいかなかった。だから、ユーザーになりそうな人を現地で紹介してもらって、その人の家まで押しかけていってmiepleを試しに使ってもらった。その傍らで、使われ方を見たり、実際に使ってもらったりした感想を聞いた。

しかし、現地でユーザー候補にヒアリングを進めていても得られるフィードバックは心地良いものではなかった。というのも、miepleは友達に頼んでお目当ての人物を紹介してもらえる手間を省いてくれるサービスだったのだが、その手間を省く前に友達にmiepleの会員になってもらわなくてはならず、会員になることがネックになってしまうということだった。それは福山たちも薄々は気が付いてはいたのだが、そうはっきりと言われてしまうと、自分たちのサービスは実はなくてもいいんじゃないかということを改めて認識せざるをえなかった。

はっきりと言うアメリカ人

この結果からYCのパートナーはmiepleの開発を辞めたほうがいいとアドバイスする。福山らも自分たちが薄々気がついていたことだから、それに従った。そこから始まるのがサービスモデルの再構築である。YCではこういうサービスの転換はよくある話だと、以前にYCパートナーのHarj Taggerにインタビューしたときに彼は語っている。だから、当初のモデルに固執するのでなく、臨機応変に対応できるファウンダーたちのほうがいいのだそうだ。

一方、福山はこのときのことを回想して僕に次のように話してくれた。

「日本でもユーザーにヒアリングした際に賛否両論があったことは確かで、だから何度かアイデアを変更しようとしていたのですが、ユーザーや投資家の多くが『あったら便利』とか『この機能があれば使う』とかいった言葉を言ってくれたので、中々アイデアを捨てる決断ができなかったんですね。けれど、アメリカでは、そういうことをばっさりいってくれたんです。だから決断ができた」

日本では相手を傷つけまいとしてか、責任をとりたくないのか、誰かに対してはっきりとサービスの開発を辞めろということを言う人は少ない。だが、米国では芽が出なさそうだと判断したらスパッと決断するようにアドバイスする。このドライさが、プロダクトをリリースするスピード感に繋がっているのかもしれない。

日本で成功していたAnyPerkのモデル

とはいえ、ここから福山らはハードな局面を向かえることになる。miepleのアイデアがなくなってから一足飛びにAnyPerkというアイデアが湧きでたわけではないからだ。話を端折るが、miepleを含めてその後7回もアイデアをとっかえひっかえすることになる。その感、ユーザーにヒアリングしたり、デモを作ってテストしたりするのだが、なかなかしっくりしたアイデアへ昇華できなかった。

1月からスタートしたYCの生活もサービスの方向性が行き詰まってしまって、3人の結束感は散り散りになってしまう。毎週火曜日のディナーでも他のYC生からは「また、アイデアを変えたのかい?」だの「まだ、アイデアが決まっていの?」なんて揶揄される始末で、1月も終わりに近づいて、いよいよ「なんで、YCなんかに応募したのか」と後悔すらし始める状態だった。2カ月後のデモデーで自分たちはなにか発表できるんだろうかと考えると、その未来が描けなくなっていた。

そんなとき、YCにやってきて一番うれしかったことはなんだろうとぼんやりみんなで回想していた。全員が一致したのは、YCにやってきて、近隣のレストランだとかスポーツジムだとか、ウェブのサービスだとか200以上のものサービスをYC生ということで割引が受けられたことだった。金のないファウンダーたちにとっては、この割引制度はありがたがった。「こんな割引も受けられるのか!」とYC生になったばかりのときにはみんなではしゃいで回っていた。

お気づきだと思うが、この回想がAnyPerkの着想につながるわけだ。

AnyPerkのPerkとは社員の「特典」といった意味だが、AnyPerkのサービスはまさにその特典を提供しようというものだ。周りのスタートアップに聞いてみると、社員がハッピーになるんだったら、会社は一部お金を負担してでもいいから、そういった割引特典が受けられるサービスを導入したいということだった。

周りのスタートアップ経営者たちからよいフィードバックを得られたので、いよいよこのアイデアでビジネスを進めようということになった。もう1つ彼らにはこのビジネスを進めるにあたっての確信があった。

ベネフィット・ワンは会員企業向けに福利厚生のサービスを提供する日本の企業で、昨年ベースで年間150億円ほどの売上がある。同社は国内で一定の成功を収めていて、会員も580万人がいる。サービス内容はすべてが同じではないが、アイデアが類似のもので、日本国内で成功している企業が存在するならと、YCのパートナーも米国でサービスしてみるのを後押しすることになった。そして1月24日にいよいよAnyPerkのアイデアが確定した。

最終的にはいろいろなユーザー候補のヒアリングやリサーチに1週間をかけて、2月1日から開発にとりかかる。

ムダを省いた開発スタイル

コードを書く段でも、YCのパートナーは的確にアドバイスする。細かい技術レベルでのアドバイスではないが、開発のムダを省くように教える。

たとえば、ユーザーの初期登録画面で、IDとパスワードを登録させる際に、パスワードの入力フィールドと確認のためのフィールドを用意することがある。一般的な機能だが、パスワードのチェックはムダだから用意しなくてもいいという。理由は簡単で、パスワードを間違って登録するのは全体のほんの数パーセントにも満たないので、初期段階では直接の問い合わせに対応するだけででも十分に済むからだ。なるだけ機能は最小限に押さえて、とにかく早くローンチすることを催促される。ユーザーのフィードバックを早く得たいからだ。

そうこう開発を続けていると、3月1日にはデモできるプロトタイプができあがって、ローンチを向かえることになる。当初ヒアリングしたときにはスタートアップ経営者たちは「あったらうれしい」と意見を伝えてくれたが、本当に使ってもらえるかは別問題である。

ローンチ後も、細かいデザインの変更だとか、英語で出すメッセージの内容だとか改良を重ねた。なにせ、デモデーで見せるものは、なるだけ完成度の高いものに仕上げたかった。うれしいことに、YCのネットワークを通じて、YCを卒業していったスタートアップたちがAnyPerkの会員になってくれた。そのおかげで的確なフィードバックを得ることができた――。

時間が過ぎ去るのは早いものだ。あれだけ悩んだ1月から12週間はあっというまに過ぎ去って、いよいよデモデーの当日を向かえる。1月には想像がつかなかったこの日も、なんとかAnyPerkのメンバーも漕ぎ着くことができた。そうして、堂々と立派に投資家たちのまえで発表することになる。

結果はどうだったのか。福山曰く、評判はまずまずで、以前にmiepleとして投資家たちを回った昨年の夏よりは十分な手応えを得ることができたのだそうだ。AnyPerkは日本で成功している似たようなモデルがあるということ、逆タイムマシン経営としてユニークだということなどの評価を得て、多くの投資家たちが興味を持つにいたった。ベイエリアでは投資家たちはビリオンダラー(10億ドル)の価値になると思われる企業に食指が動く。そこまでの評価を得たのかはわからないが、正しくプロダクトを導けば、そう思わせることも不可能ではないということが証明された。

これがAnyPerkの3人が体験したYCの一部始終だ。ただ、その体験はこれ以上のものがたくさんあったはずではある。とにかく彼らの話を聞いていると、プロダクトを作ることだけに集中していたことがわかる。遊んでいる時間などなかったはずだ。その結果からか、AnyPerkはスタートして7週間ですでに1500社の登録を集めている。そしてデモデーでコンタクトのあった海外の投資家を含む投資家たちからの資金調達もほぼ完了し、米国での事業展開を進めている。

(敬称略)