アーロン・ソーキンのスティーブ・ジョブズ映画は「生涯を描く」伝記にはならないだろう

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脚本家アーロン・ソーキンが今日(米国時間5/30)、彼が脚本を担当するウォルター・アイザックソンの伝記『スティーブ・ジョブズ』の映画化について初めてその思いを語った。

ソーキンが話したのはD10カンファレンスで、どうやらまだ一行も台本を書いていないようだった ― 彼は、このプロセスの初期段階は「ESPNを見たりする」ことの方が多いと語った。

「これは一種の先送りプロセスで、どんな映画になるかを考えるための期間だ」

つまりソーキンがこのプロセスを終えるまで(そして脚本がハリウッド向きに書き直されるまで)、この映画がどんなものになるのかを知ることは難しい。しかし彼は、多くの伝記でよくあるような「ゆりかごから墓場まで」スタイルにはならないだろうとは語った。代わりに「私にアピールした摩擦ポイントを特定してそれを脚色していく」という(ソーキンはまだその「摩擦ポイント」を選んでいないようだが、私の予想はAppleの創立か1990年代のジョブズ復帰のどちらかだ)。

ソーキンはさらに、このプロジェクトを引き受けるにあたって躊躇があったことを打ち明け、なぜなら「まるでビートルズについて書くようなものだから」と言った。言い換えれば、ジョブズがあまりに多くの人々に愛されているため、結局ソーキンが何を選んでも疑問を投げかける:「そこに失望の地雷地帯を見た」と彼は言った(『ソーシャル・ネットワーク』を引き合いに出すことはなかったが、あの映画がその正確性について批判を呼んだことは間違いない)。

だから彼は鑑賞者に警告する。実話に基づいているいう映画を見るときは、「写真ではなく絵画」だと考えるべきだ。つまり、あなたが見るものは「著者の視点」だ。

ソーキンは、すでに別のジョブズ伝映画が制作中であることにも触れ、たぶん悪いことではないだろうとほのめかした。

「これだけは間違いない。スティーブ・ジョブズはあまりにも大きな人物であり、あまりにも大きな一生を送ったので、映画一本分以上の余地がある」と彼は言った。

ソーキンは誰がジョブズを演じるのかもまだ知らなかったが、誰がやるにせよ知性のある人物でなければならない、なぜなら「知性は役者が持っているふりのできないものだから」と言い切った。その後彼は、ジョブズやザッカーバーグのように「極端に複雑な」キャラクターを描くときは、彼らを守るように、「あたかも神に対してなぜそのキャラクターが天国に行くべきかを訴えるかのように」脚本を書くのだと明かした。

そしてソーキンは、もしスティーブ・ジョブズに一つ質問できるとすれば、「あの手品のタネは?」と聞くだろうと言った。ジョブズはどうやって、コンピューターを3歳児に渡して直感的に理解させたのかと。

「私は殆どコンピューター音痴だが、それに満足はしていない」とソーキンは言った。

ここにスティーブ・ジョブズがいて答えてくれればよかったのに。

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(翻訳:Nob Takahashi)