ビッグデータは冷たい分析よりも熱いエンゲージメントの契機–顧客の声を‘聞く’だけではだめ

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Facebook、チャット画面にエモティコンメニューを追加。「いいね!」風エモティコンもあり

[筆者: Erin Galad]
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編集者注記: このゲスト記事を書いたErin Galadは、ソーシャルメディア管理システムtracxのCEOだ。この記事で彼は、ソーシャルメディアの監視や定量化は今急成長しているビジネスだが、しかし、ただ単にオーディエンスの言ってることを聞くだけなら、それはあまりに次元が低くて、効果もあまりない、と主張している。

国を洪水から守るために一晩中、堤防に開いた穴を自分の指でふさいでいた、あのオランダの少年にも似て、今の企業は、自分が溺れないためにデータの奔流をせき止めようと必死になっている。

あの‘ハールレムの英雄’は、「銀のスケート」という本に登場するフィクションのキャラクターだが、データの洪水と格闘する企業の姿は、今日の現実だ。

今騒がれているビッグデータは、ソーシャルメディアの副産物だ。そのデータは、そこで言われていることや、そこに現れている感情や、製品等への反応や、中心的な消費者層の特質を企業が把握し、その意味を理解するまでは、巨大なゴミにすぎない。

人びとが何を言っているのかに注目し、耳を傾けるのは、確かに良いことだが、でもそれだけでは、それらの会話の立体像(深さ、広がり)がつかめない。会話の文脈が分かって初めて、その深い意味を理解できる。コメントに好評や悪口が書いてあった、だけではあまり意味がない。会話を、もっと全体的に理解する必要がある。

ビッグデータは実質的には、そこらに散乱しているいくつものデータ集合であり、雑多で構造性がない。それは至るところにあり、いろんな個人が何を話しているか、どんな意見を言っているか、何に不同意で何に反応しているか、そして多くの場合、何を強調/目立たせようとしているか、に関する情報だ。それらはまさしく、われわれを人間たらしめているものの総体だ。

こういった人間的な現象は、FacebookやTwitter上の会話への応答を自動化することによって管理できる、という主張もあり、実際に企業側からのソーシャルなエンゲージメントを外部委託で機械化しているところもある。そんなやり方は実際にはある種のホラーストーリーにほかならないが、しかしそんなことを今書いている私自身としても、銀行のテラーからATMへの移行や、電話交換手から自動化IVRシステムへの移行が、比較的シームレスであったことは、認めざるをえない。

しかしそれでも、ソーシャルメディアに身を投じた企業の一部には、オーディエンスが自分たちの製品を愛していると勝手に誤解し、ネガティブな意見等に直面して混乱する、という光景が見られる。そういう過ちはあくまでも人間が犯すエラーであり、神聖なるオーディエンス様が許してくれるように、企業として努力するしかない。

また、キーワード検索のような単純すぎる手法でオーディエンスのエンゲージメントを知ろうとする企業もある。しかし、会話中にどんなキーワードが頻出する/しないは、あまり情報としての価値がない。重要なのは、ユーザの意見や意思を知ることだ。ソーシャルメディアから企業が知るべき情報は、企業のソーシャルインフルエンス(社会に与えている影響)ではなくて、企業の顧客たちが広めているソーシャルインフルエンスである。そこを、誤解してはならない。

最近はどの企業も、マーケティングやBI(business intelligence, ビジネスインテリジェンス)努力を通じてビッグデータに何ができるかを掘り下げ、それを本物のデータ駆動型意思決定に生かそうとしている。でもそういう、ビッグデータに対するマーケティング/BI的アプローチは、友だち同士の会話など人間的な対話の中に企業や製品が登場するときの意味を、捉え損なう。企業や製品は人間の感情にとってあくまでも脇役だが、しかし感情を理解することはきわめて重要である。

問題は、データの表面(おもてづら)だけからは、何も分からないことだ。ソーシャルメディア上の人間の会話に現れる言葉や文は、表面的な字句どおりの理解を拒絶している。ビッグデータはソーシャルブームが生んだ超肥満児だが、企業の多くはそれを、従来のスタティックなデータストレージのように分析しようとしている。それは根本的に間違いだから、ソーシャルの時代に合った新しいデータ管理ツールの存在と、その日進月歩の進化の様相を企業は知るべきだ。

構造性を欠くデータ集合であるビッグデータも、最近はツールの進化により、徐々に管理可能な獣になりつつある。データの実感性とその正しい定量化の方法が、これらのツールのおかげで理解しやすくなっており、あとは、企業が自分たちがこれから作るデータにもっともふさわしいツールを見つけるだけだ。

サッカーのEURO 2012やロンドンオリンピックのような派手なイベントは、人間の行動と刺激に対する反応を分析するための絶好の機会だ。それまでは、スポンサーになった企業はスポンサーであることを誇示できるだけだったが、今日ではデータの収集と正しい管理の主役だ。

大統領選挙もまた、ソーシャルメディアとそのデータが世界の変化を告げるイベントだ。4年前のオバマ陣営は独自のソーシャルネットワークを立ち上げて選挙に勝ったが、それは、有権者が彼らに語りかけているデータを、彼らが理解したからだ。

共和党が今回その真似をしないのは誤りであり、そして今年の選挙こそまさにデータの戦場となり、近未来の選挙のあり方を決めるものになる。

しかし今は、企業が動くべきときであり、聞くだけの時代は終わった。堤防に指で栓をしたハールレムの英雄とは逆に、今こそ企業は、自分の指を抜いて、データの奔流を浴びながら自分たちのオーディエンスと真にエンゲージし、単に受け身に立ちつくして災害が起きるのを待つ姿勢から脱却するときだ。

〔訳注: 実践編はこの記事のPart 2として提供されるそうです。〕

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))