底辺への長い競争に突入したタブレット

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ネットブックを覚えているだろうか。ちょうど2年前、ネットブックに死角はなかった。それは未来であり、出先で仕事をこなすペーパーバック大のノートパソコンだった。やがてメーカーたちはそれを、瀕死の製造ラインから利益を絞り出すすばらしい方法だと考えた。

残念なことに、われわれがタブレット市場で向かっているのはそこかもしれない。

長い間それはほんの数頭立てのレースだった。Motorola、Apple、そしてSamsungらが最上級のタブレット製品を作り、プレミア価格で売っていた。それがこの市場に維持できることだったからだ。しかし、199ドルのKindle Fire、さらに近くはNexus 7の登場により、まもなく堰が切って落とされ、価格が、質が、価値が下落していく。

パターンはこうだ。ある製品群が人気を呼ぶ。主要プレーヤーは比較的高価で高品質で優れたデザインの製品を作る。アーリーアダプターが飛びつき、人気獲得の短い期間が続く。そしてタブレットを買おうとしていた人すべてがタブレットを持っている。ポジションはそれぞれのタイプのさまざまな優位点に応じて決められていく。ネット上で議論が過熱する。

そして誰も話題にしなくなる

Samsung Galaxy Note 10.1の可もなく不可もないレビューや、多数のNexus 7デバイスの故障報告が証明するように、タブレット市場が採算性を失いつつあることは明らかだ。製造品質やデザイン努力は下落し、戦車のようなXoomや、八方破れなKindleなど昨日までのタブレットたちは、けち臭くて安物のバーゲンハンター向けデバイスにその座を譲っていく。 魔法の199ドルの価格ラインにメーカーが気付いた時から、品質はさらに低下しさらに手を抜かれる。このスパイラルは、OEMが殆どアップグレードされることのない200ドル以下の製品を出荷し始めるまで続く。

そう、市場に低価格な選択肢が存在するのは良いことだが、本質的価値のない低価格製品は消費者に悪をもたらす。例えば、中古価格は全体需要を示す良い指標だが、最近記憶にあるモデルで数ヶ月以上価値を維持したものはない。新しいToshiba Exciteの価格は400ドルだが、中古品は約250ドルで売られている。同様の価格低下はほぼすべての「高級」タブレットで見られる。

ネットブックの死で見たような、タブレットの死をわれわれが見るとは思っていない。ネットブックは、生き延びるためにはあまりにニッチな商品だった。一方タブレットは、長く、長くわれわれと共に存在するだろう。問題は、今まさにタブレット不況が起き、質と価値が指数的に下降しつつあることだ。危険なのは、利益が下がるほどメーカーはより安いハードウェアを製造しながら、プレミア価格を維持しようとすることだ。われわれはまだ、そこまでは行っていないが、近づきつつある。

売れ筋商品の自賛癖のために、製品ライフサイクルの初期にこの手の予測を立てることは困難だ。メーカーたちは、コスト+特大ヒット(199ドルのMicrosoft Surfaceの噂)、あるいは低コスト化どちらかの選択を迫られている。傾向はもちろん、安く、もっと安くであり、それはその製品の価値がなくなるまで続く。

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(翻訳:Nob Takahashi)