People
Klout
Huh
facepalm

Kloutスコアを(Salesforceのように)採用活動に利用すべきなのだろうか

次の記事

Apple、10月25日にQ4の決算会見を開催

6056125359_d96b0bfa05_z正直に言おう。実のところ、個人的にはKloutというものが好きになれない。Internet上での他者とのかかわり合いや、Twitter、Facebook、あるいはGoogle+などの利用状況に応じて、利用者のランク付けを行おうとするサービスだ。運営者たちに何の恨みもないし、Kloutがなくても誰か別の人が同様のサービスを行ったはずだ。

しかし。それにしてもKloutというものがナンセンスに思えて仕方ないのだ。

改めてKloutのことを考えたのは、Klout CEOのJoe Ferndandezのツイートを見たからだ。馬鹿馬鹿しいにも程があると思うのだが如何だろう。

しかし実は、いつかこうした動きが出てくるのではないかと危惧してもいた。採用活動にKloutのスコアを勘案するということが実際に起こってしまった。たとえば採用しようとする人が犯罪者でないかとか、学校での過ごし方を見るのにGPAをチェックするのは普通のことだと思う。しかしスコアの算定基準も外部に明かされていないKloutなどを参考にしようとするのはどうだろうか。そのようなスコアには意味などないと思うのだ。

SalesforceはいったいKloutの得点を見て何を判断しようというのだろうか。全く意味がわからない。募集しているのは「Community Manager」の職だ。インターネットサービスや、ソーシャルネットワークの仕組みに精通しているかどうかを見るのに、Klout値が参考になると論じる人もいる。しかし個人的経験に基いて判断すると、マーケティングやカスタマーサービスの分野で優れた仕事をする人は、ソーシャルネットワーク上での活動を通じて「パーソナルブランド」の強化などを行なってはいない。Kloutが評価するのはそうした個々人のブランド力のようなものだ。良い仕事をする人というのは、仕事をこなしていくだけであって、余計なことを考えないものだ。

Kloutは、人びとの行うツイートなどのオンライン活動を分析して数値による評価を加えようとする。過去の振る舞いおよび未来における行動についても予測して評点を加えようとするものだ。ツイッターでは誰にフォローされているのか、誰がツイッター上で話しかけてくるのか、どのような話題について発言し、そして誰が利用者のツイートをリツイートしているのかなどを分析して、Kloutスコアに反映させる。しかし、Kloutが評価するこうした行動というのは、多くの時間をツイッターに投入しているということを意味するに過ぎないのではなかろうか。仕事に集中していて、他のメンバーと協力して素晴らしい仕事を成し遂げているということを意味するわけではないのだ。

Salesforceの募集要項を見てみよう。残念ながら募集は終了している。しかしともかく、募集要項の先頭に置かれていたビデオを見てみよう。

如何だろうか。採用に責任を持つ立場にあるものとして、ベストの人材を採用したいと考えていることは伝わってくる。募集要項を引いてみよう(括弧内は私の意見だ)。

必要なスキル:
– ソーシャルメディア/ソーシャルネットワークに関する知識と経験(当然のことだ。必要な要件だろう)。
– 個としてもチームとしても能力の発揮できる(うまい話の持っていきかただと思う)- Radian6について経験があり、ビデオおよび写真を業務で扱ったことがある(確かにこうした経験があった方が良かろう)
– Klout Scoreが35以上の方(ふざけているとしか思えない)

何かKloutについての誤解があるのではなかろうか。Kloutを利用しているかどうかは別として、Kloutはネットワーク上に存在する人びとのデータを集めている。そして利用者の「Perks」や報償のためということで、データを企業に売り渡しているのだ。Kloutはこうした一連の行為を「ターゲティング」と称しているが、どうも怪しげに感じてしまう。

採用活動の話に戻そう。募集要項の中にKloutスコアについての言及を入れるのはどうも場違いに感じる。あるいはネットワークの世界で働いたことのある人なら、募集要項でKloutスコアを指定する企業等、怪しく感じると思うのだ。少なくとも私なら怪しげだと評価する。スコアの基準が曖昧で科学的ではなく、Kloutが評価できる以上のものを、Kloutに任せてしまうことになると思うのだ。

念を入れて言っておくが、Salesforceには優秀な人材がいる。しかしこうした募集の仕方は少々怪しげであると言っておきたい。Kloutスコアの算出方法が詳しく公開されていない以上、Kloutスコアに対する疑念が消えることはない。ときには他人のスコアを見て、自らを卑下してしまうような人もいるだろう。しかし人間の行う「良い仕事」というのは、そう単純にスコアとして現れるものではないと思うのだ。

SalesforceはKloutスコアが35以下でも採用してくれるだろうか。それはわからない。そもそもKloutスコアが35以下の人というのは存在するのだろうか。あまり聞いたことがない。Kloutを公的な場面で利用することは合法的なことなのかどうか。考えたこともない。そもそもKloutを採用の現場で活用すべきなのかどうか。繰り返しになるが、そうは思えない。

ちなみに筆者のKloutスコアは80程度なのだそうだ。読者の方々もそうだと思うのだが、これがどういう意味なのかよくわからない。上のビデオで人材募集をしている御仁のKloutスコアは64くらいだ。すなわち筆者の方が彼よりも能力があるのだろうか。才能が豊かだということを意味するのだろうか。そうであれば彼の仕事を奪った方が良いのだろうか。もちろんそのようなことはない。そんなことを意味する数値ではあり得ないのだ。

多くの企業がKloutスコアに基いて動き始めるということであれば、Kloutスコアも何らかの意味を持つようになる。しかし採用活動などには利用しないのが身のためだと思うのだ。Kloutスコアについての宣伝的肯定評価を鵜呑みにすべきではない。いち企業の運用するポイントシステムにそこまで信を置くべきではない。自らの判断を信じて、きちんとした評価を行い、そして自社にとって価値のあるベストな人材を採用すべきだ。

数値は数値に過ぎない。人の能力は数値のみで測ることはできない。企業を成功に導くのは「人」なのだ。

P.S. インターネット上のツールを使いこなしたり、数値評価を上げるのはそんなに難しいことではない。企業にとって価値のある人材になるということの方がはるかに難しいものだ。

[Facepalm Photo Credit: Flickr photographer MYRTTI]

原文へ

(翻訳:Maeda, H)