Googleの「みんなのネットを守ろう」キャンペーンは、インターネットすべての「公正使用」を示唆している

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インターネットは社会に活力と情報を与えるために存在し、ゆえに著作権保有者が情報を遮断する能力を制限しているのだろうか。Googleがドイツで展開しているDefend Your Netキャンペーンは、一見わかりにくいが、ドイツ議会がコンテンツ提供者に対して、Google検索結果に掲載されたコンテンツ断片に課金することを許そうとしていることを踏まえると、その行間に非常に興味深い議論が隠されていることがわかる:インターネット上の情報は公共財なのか。

ドイツ連邦議会は、検索結果に表示されるコンテンツ断片の横に掲載される広告によってGoogleが得た収益の「妥当な割合」をウェブコンテンツ作者に配分することを許す、過去に類を見ない法律を提案している。

「コンテンツ提供者は、彼らの本来の作品やパフォーマンスがGoogleその他のサービス提供者によって「略奪」される状況をこれ以上見たくない」と法律事務所、Pinsent MansonsのIgor Barabashは語る。「問題は、すべての成果はコンテンツ作者によってなされたものであり、Googleらはその成果を無料で使用することによって利益を上げていることだ」

前例のないこの法律は、検索エンジンのみを標的にしたので、もしコンテンツ作者が利益の一部を求めて訴訟することが可能になれば、Googleの広告収入から膨大な金額を引き出すことが可能になる。当然Googleは、自身が膨大なトラフィックをウェブサイトに送り込み、したがって収益も生んでいると主張している。

もしウェブサイトがGoogleの価値を認めないのなら、簡単なコードによってGoogle検索結果から外すことができる。「われわれの観点から見て、これは非常に奇異に感じる。なぜならご存じのように、コンテンツ提供者は自身の判断によってGoogleサービスに掲載されるか否かを決定できるからだ」とGoogle広報担当のRaif BremerがMashableに語った。「さらには、snippetタグを使ってコンテンツ断片が載るかどうかも決められる。よって、ドイツで検討されているこの法律は相当奇妙である」

穏やかな説明の背後にはもっと根本的な主張が隠されている。コンテンツ作者が収益分配を受ける〈法的〉権利を持たない唯一の理由は、著作権法によってコンテンツの限定的利用が常に許されているためであり、それは「公正使用」と呼ばれている。これは大学教授が書籍の部分コピーを教室で配ったり、新聞が競合相手の記事を一部引用することを認めているのと同じ法律である。

知的財産法は、あらゆるアイディアの本質的部分が、アイディアの円滑な交換のために必要であることを認識している。公正使用の「役割は、著作権が本来育成すべき創造性を抑制すること、あるいは知識や学問の創造および普及を推進する以上に阻止するその他の負担を強いることを防止するものである」とスタンフォードの公正使用プロジェクトウェブサイトは説明している。

素晴らしく郷愁に満ちた事例として、90年代のオールスターラッパー、バニラアイスによる、なぜ彼は「アイス・アイス・ベイビー」がクイーンのオリジナルのリズムを盗んでいないかの説明を挙げておく(1分15秒付近から)

90年代マイアミ郊外の白騎士が著作権問題について語るためだけにさえ、先行作品から問題の(あるいはそれを否定する)一部を引用する必要があった。

ドイツ法に対するGoogleの主張は、情報の断片は検索エンジン体験の必要部分であり、ウェブサーファーたちがその調査ニーズを満たすために情報を探し回るのを助けていることを示唆している。価値あるあらゆるアイディアは公共財であり、情報化社会の恩恵を否定しようとする過剰に利己的な著作権保有者のための抑圧的領域を越えるものである。

Googleがそこまで大胆な要求を表立って主張すると私は思わないが(本誌のメール質問に回答はない)、公共財としての情報という発想は、〈情報化時代〉にとって次の論理的段階であり、21世紀の法律がこれに取り組む必要があることは間違いない。

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(翻訳:Nob Takahashi)