Nir Eyal

会議中のデジタルデバイス利用は悪弊に過ぎない。会議を始める時には入り口でデバイスを預けよう

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Photo credit: NirAndFar.com編集部注本稿執筆者のNir Eyalは心理学とテクノロジーの融合分野について多くの記事を発表している。これまでに発表された記事や、氏のビジネスについてはNirAndFar.comにて読むことができる。また、近日刊行予定の『Hooked: How to Drive Engagement by Creating User Habits』の著者でもある。@nireyalのTwitterアカウントでも活躍中だ。

ドン・ドレイパーは、オフィスに着くとまず美人秘書に意味有りげなウィンクを送る。2番めに行うことは帽子を脱ぐことだ。それから前の晩のご活躍ぶりにもよるが、強い酒を煽って朝の行事が終了となる。

このドンの習慣の中に、参考になることはあるだろうか。まず優秀でかつ従順な秘書というのが、非常に魅力的な存在であることがわかる。しかしそこにばかり注目していてはいけない。帽子にも注目しよう。そこから学ぶべきこともあるのだ。

マッドメンファンならご存知のことだが、どこに行くにも帽子をかぶるというのが男性の風習である時代があった。もちろん室内ではかぶらない。部屋に入るときに帽子を脱ぎ、入口辺りにある帽子掛けに帽子を掛けるというのが「ジェントルマン」の振る舞い方であったのだ。社会的なルールであり、帽子を脱ぐことで仕事を開始する合図としていたのだった。

今では帽子というものはすっかり時代遅れの存在となった。しかし当時の風習については、個人用テックデバイスをどう扱うかという点で参考にすべきものかと思うのだ。個人用電子デバイスを、当時の帽子のように扱うのはどうだろう。つまり仕事を始める前に、電子デバイスを帽子掛けのような場所に置いておくことにしようという話だ。

最近、人と人が出会う場所で、目の前にいる人から注意を逸らして、自分の手元の機械に集中するといったことが当然のようになされている。会社を訪問してビジネスの話をしているようなときにも、それぞれが自分のデバイスを触って勝手に振る舞うようなことが許容されつつあるようだ。「勝手に振舞っているのではなく、重要な話を処理すべくメモをとっているのだ」と主張する人もいるだろう。しかしそれは真実ではないはずだ。主眼は自分の機械をいじることにあるというのが正確なところだろう。

電子デバイス中毒

私たちは、いつ何時でも電子デバイスをいじりまわすとうい習慣に慣れ始めてしまっている。どういうことなのか、再度、ドン・ドレイパーの例で見てみよう。ドンは緊張を和らげるために酒を飲む。心配事や、あるいは良心の痛みのようなものに対する「解決策」として酒が機能しているわけだ。しかしすべての中毒がそうであるように、こうした「解決策」は、新たな問題を生むことになる。酒が入っているとき、ドンは職業上でも私生活上でもまともではない判断を下してしまう。そうした判断の結果としての現実世界のストレスから逃げ出すため、ドンは酒を飲み続け、そして自己破壊サイクルが展開し続ける。こうした展開はドラマにするとなるほど面白いものかもしれないが、自分の身の上に現実にふりかかるとなると、災厄以外の何物でもない。

ドンの中毒症状は、私たちの電子デバイス中毒についても参考になる。私たちが会議中でもスマートフォンやタブレット、あるいはノートパソコンなどをいじり続けるのは、結局ドンのように現実世界から逃げ出すためなのだ。現実の会議の場というのが愉快な場所でないために、そこから抜けだそうとしてしまっているのだ。会議というのは緊張感のあるもので、緊張というのはしばしば居心地の悪さを感じさせるものだ。あるいは、緊張感のせいではなく、あまりの退屈さに居心地の悪さを感じてしまっているのかもしれない。いずれの場合にせよ会議というものは、正常な人なら抜け出したくなるような場になることが多いのだ。そうした感情に襲われたとき、電子デバイスをいじることで、身体をその場に置きつつも、意識をよそに移してしまうことができるようになるのだ。

新たな問題を生み出す「解決策」

但し、居心地の悪い会議から自分の気持ちを解放することで、実はむしろ状況を悪化させてもいるのだ。アルコール中毒患者が飲酒するときのように、「解決策」とみえるものがじつは「問題」そのものとなってしまうわけだ。テクノロジーに関わる心理効果についてのエキスパートであるSherry Turkleは、彼女の著作である『Alone Together』の中で次のように述べている。曰く「授業中にノートパソコンを広げている生徒は、他の生徒よりも成績が劣る傾向にある」のだそうだ。会議室で電子デバイスをいじるのも、同様に悪い結果を招いているようなのだ。さまざま研究結果が示すように、実はわれわれはマルチタスキングを得意としていないのだ。完全に集中していない場合には、目の前の情報をきちんと処理することができないのだ。

GTD(Getting Things Done)という言葉が流行するとともに、私たちは同じ部屋にいる人と、単に表面的な情報のやり取りをするようになってしまった。そんなことをしても、単にメールのやり取りを増やすだけで、問題の解決には何の役にも立たないのだ。さらに悪いことに、他の人が電子デバイスを利用しているのを見ると、「生産性」の呪縛から自身も使わずにはいられなくなる。そうして、忙しそうに見えながらFacebookをチェックしているだけという人も出てくる。Facebookをチェックしていて生産性が上がろうはずもない。そんな中、他の人が一層「生産的」に見えてしまう。自らは未読の増える受信箱を見て、さらにストレスを抱え込むことになるのだ。

もちろん主目的たる会議そのものにも悪影響が及ぶ。ほんの少しの間でも電子デバイスをいじって、そしてその場の会話に集中し直す。そうしたとき、気持ちが疎かになっている間に、何かを聞き漏らしてしまったらしいという強迫観念にもとらわれることとなる。もちろん実際にも何かを聞き漏らしてしまっていることが多い。このような状況が誰の身の上にもおこり、そして議題についての素晴らしいアイデアなどが生まれるわけもなくなる。こうして会議はさらに非生産的で、つまらない、退屈なものになってしまうのだ。そして当然、その退屈さから逃げ出すために、一層デジタルデバイスの利用頻度が上がってしまうという悪循環スパイラルが深化することとなる。

予防のために

まず、問題が生じていることを意識する必要があると思うのだ。電子デバイスに場を支配されてしまいつつある。気持ちを集中させるべきときなのに、ついPinterestに気を奪われてしまう。あるいは私たちの集中力をInstagramが阻害してしまう。

「繋がる」ことの楽しみは、そうとうに魅惑的なことだ。ビジネスやその他の人間関係の邪魔になると思っても、つい抵抗力を失ってしまうことがある。そのような妖力に囚われた人が増え、そしてますます時と場合をわきまえずに電子デバイスをを使う人が増える。抵抗力を失い、TPOを判断する能力もなくなってしまう。

研究によると、ストレスや疲労には、私たちの精神的抵抗力を失わせる力があるのだそうだ。なるほど、職場でもストレスや疲労というのは一般的なものだ。そして中毒症状を進化させるような動きもある。新たな行動規範を作らなければ、状況は悪化の一途を辿ることになる。

「デジタル中毒予防」のための方法を確立すべきときなのではなかろうか。「予防」などというとコンドームのことを思い浮かべる人もいるかもしれない。確かに「病を避けるために必要」という意味で似ていなくもない。社会的な病を避けるために、新たな方法を身につける必要がある。そうした基準を「マナー」と呼ぶこともできよう。ただ、そう呼ぶと少々堅苦しくなってしまうような気もする。「マナーを守れよ。iPhoneをしまえ」などと言うと喧嘩になってしまう。「デジタル中毒予防エリアだよ」などとと言う方が、皆の注目も集めやすいように思う。

そこで提案するのが、遠い昔の帽子ラックのような方式だ。

デジタルデバイス預かり所(帽子ラック方式)

方法とはこうだ。会議室の中央ないしは出入り口の近くに充電ステーションのようなものを設けるのだ。集まった人びとは、そこで自分の電子デバイスを充電器に差し込む。帽子をラックに掛けておくように、電子デバイスを充電ステーションに預けておくのだ。

もちろん自分の机に置いて触らないようにしても良い。しかしつい習慣でデバイスをいじり始めるようなこともあるだろう。充電ステーション方式であれば、うっかりデバイスをいじってしまうようなこともないし、また充電もできて便利だ。これまでは、誰かが電子デバイスをいじると、そこから妙なプレッシャーを感じて誰もがデバイス操作を始めるような事態になっていた。これからは電子デバイスをいじる人は、(マナー良く)充電ステーションを利用している人びとから、冷たい視線を浴びることになるわけだ。

もちろんノートパソコン、iPadその他、なんであれ、デジタルデバイスの利用は禁止する。帽子は人の表情を隠すので、室内でかぶり続けるのはマナー違反と考えられた。電子デバイスを自分の目の前に立てておくことも、やはり人の視線を遮ることには違いない。そうした点からも、デバイスは入り口に置いてくるべきものなのだ。

こうした仕組みを実現するにあたっては、誰かに電子デバイスの持ち込みを監視させるというのも無骨な話だ。代わりにこのポスターを貼っておくと良いだろう。

1台は必要だ

ビジネスの種類などによって例外もあろうが、一般的に会議に必要なものといえば紙とペン、それからポストイットくらいのものだ。

もちろん、会議から電子デバイスの一切を排除することで、記録をとっておいて参加者全員に配布するということができなくなるというデメリットはある。まあ実際のところ、全員が電子デバイスを持っていても会議の記録などとっていないケースもほとんどではある。全員がキーボードをいじっているのだから、議事録の送付など不要と考えているのかもしれない。しかしきちんと会議に集中していない人がほとんどであることは既に論じた。やはり議事録をとって回覧するということは行うべきだと思う。

これに対処するためには、会議の冒頭でひとりだけ電子デバイスを操作する人を決めれば良いのだと思う。記録者の画面は大きく映しだすようにしておくと良いだろう。参加者全員が記録内容を確認できる。議事録の送付は、当然記録者の役割ということになる。

まずは試してみよう

一気に電子デバイスを排除してしまうことに不安を感じる人もいるかもしれない。そういう人はゆっくりと慣れていくのも良いだろう。ある1週間のうちに行われる会議だけで、電子デバイスの持ち込み禁止を実行してみるのだ。月に僅か5日間だけのことだ。そこでどのような影響があるのかを見極めてみてはどうだろう。まずはこの記事についての賛否などを議題にしても良いかもしれない。会議参加を呼びかけるリンクも用意しておいたのでお使いいただきたい(会議中に本稿を読んで時間を潰している人は、とりあえず目の前の会議に集中するところから初めて欲しい)。

ひとつ言っておくが、私自身も余計なミーティングは非常に邪魔なものだと考えている。無駄なミーティングばかり行なっているところも多いようだ。しかし、ときに一堂に会することが必要なケースもあるのだ。そのような際には、全員がきちんと会議に向き合っているようにしたいものだ。身体だけそこにあって気持ちは上の空ということでは、重要な会議も無駄に終わってしまう。

テクノロジーの進化速度は凄まじく、私たちの中に対応規範のようなものができる前に広がってしまうような状況にある。日常生活のあらゆるシーンで電子デバイスが用いられるようになり、私たち自身がそのような状況に慣れることができないでいる。そうした状況をいったん整理して考える時に来ていると思う。このままでは、ただひたすら電子デバイスに振り回されるような状況になってしまう危険性もあると思うのだ。

Photo credit: BrettRed for NirAndFar.com

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(翻訳:Maeda, H)