俺はザッカーバーグ。「クール」なんてものを求めているわけがない

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Zuck Close up誰が言ったか「Facebookはクールじゃない」という言葉がある。その言葉を引用して、Facebookは勢いを失いつつあると言い募る人もいる。しかし実のところ、Facebookが目指すのは「クールさ」ではないのだ。では、Facebookは何を求めているのだろうか。

「電気というのも、登場当時は“クール”なものと扱われていたんでしょうね。しかし普及すると、誰も“うちには電気がきているんだ”などという話はしなくなりました。誰もが不必要に電気のスイッチをぱちぱちしなくなったからと言って、電気の大事さが失われたということにはならないはずです」。

ワシントンD.C.にてAtlanticの編集長であるJaves Bennettと対談を行い、ザッカーバーグはこのように述べている

このところ、一部のティーンエイジャーの言葉を引いて、Facebookが魅力を失っていると言う人がおおぜいいる。また関連する各種調査では、ティーンエイジャーたちは「Facebookなんて好きじゃない」とか、「Facebookは使わない」と応えるのがクールであるというバイアスをかけられてしまっていることが多いようだ。ところが、Facebookのエンゲージメント率は下がっておらず、上のような言説や調査は、何も証明してはいないというのが実際なのだそうだ。

Facebookも収支報告などの現場で、「若者のFacebook離れ」などという事象は確認できないと繰り返し主張してきていた。ザッカーバーグもいかなるデータもそのような兆候を示してはいないと述べている。今年になっても、Facebookを利用するティーンエイジャーの数は順調に増えているのだそうだ。

ザッカーバーグの考えでは、Facebookは既に「クール」であるとかないとかのレベルを超えているのだ。ある意味では、他サービスと比べてどういう機能があるとかないとか、そういう段階も超えてしまっていると言えるのかもしれない。ザッカーバーグは冗談めかして次のようにも言っている。

「私たちが“クールさ”を目指しているのだと考えている人が大勢います。そんなことは考えたこともありません。私が“クール”を目指しているかどうか、見ればわかりそうなものです。Facebookがサービスの提供を開始してから10年になります。ニッチを云々するサービスではなくなっています。“尖った”サービスで魅力をアピールするというようなサービスではないのです」。

Zuck Wide Angle

ではFacebookは何を目指しているのだろうか。ザッカーバーグは「必需品」としての地位を獲得したいのだと述べる。それぞれの時代に、産業にとってなくてはならないものが生まれてきた。そのひとつはもちろん電気だ。「社会には、より多くのソーシャルサービスが生まれてくるでしょう。Facebookはそれらを支える立場になりたいと考えています」とのこと。

Facebook等、ソーシャルサービスの拡大には、プライバシーとのトレードオフもあるのではないかという疑問もある。それに対しては、利用者が「ソーシャル」の方向を向いているようだと応える。すなわち「情報をできる限り隠すことと、親しい人と繋がっていることを比較して、多くの人が繋がる方が大切であると考えているようです」と述べている。「ソーシャル化」の傾向は拡大していくと、Facebookは考えているようだ。

いずれにせよ、さまざまな評価基準で見て、Facebookが大いなる成功を収めていることは間違いない。利用者数は膨大で、共有される情報も増え続けている。現在の利用者数は11億5000万人で、6億9900万人が日々利用している。またザッカーバーグによれば、ソーシャルアプリケーションの50%で、ログインにFacebookアカウントが利用されているのだそうだ。

少なくとも現在のところ、Facebookが心配しているのは、ヒップなソーシャルネットワークが新たに爆発劇な拡大を見せることではないようだ。自らの進化を止めてしまうことの危険性を、より重要視している様子。洞察力のあるプロダクトビルダー、デザイナー、エンジニア、そしてビジネスパーソンの採用を拡大していかなければならない。また、場合によっては、才能豊かな人材が集まる企業の買収も必要であると考え、そして(少なくともこれまでのところは)実行してきている。

さらに、現状に馴染み過ぎないことにも注意を払っているようだ。いずれ、今日のウェブ技術を陳腐化させる変革の波がいずれ押し寄せてくる。その波をしっかりと見極め、そしてその波に乗って行く方法を構築する準備を続けなければならない。時代の波に乗り、そして時代が「必要」とするサービスを展開していくのだ。足を止めてしまえば、時代においていかれる。たとえばMyspaceのような運命を辿ることになるかもしれないということを、危機意識として保持しているのだろう。

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(翻訳:Maeda, H)