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Androidよ、10周年おめでとう

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Googleが最初のAndroid搭載携帯電話のG1を公開してから10年が経った。その時以来このOSは、バグだらけでiPhone対抗のオタクOSから、間違いなく世界で最も人気の高い(または少なくとも最も数の多い)コンピューティングプラットフォームへと成長してきた。しかし、その道のりの上で幾つかの衝突を味わうことなしには、そこに辿り着くことは絶対にできなかった。

では私たちによるAndroidデバイス過去10年間の、簡単な回顧録にお付き合いいただこう:良かったこと、悪かったこと、そしてNexus Qだ。

HTC G1 (2008)

これが全ての始まりだった。私はこの古いデバイスに対する愛着を心の中に抱えている。これはHTC Dreamとも呼ばれていた。このときのHTCは元気な会社だった。だがG1は想像できるように幸先の悪いデビューを飾ったのだ。そのフルキーボードやトラックボール、いささか質の悪いスライドアップスクリーン(公式写真の中でさえ歪んでいた)、そして十分に大きな胴回りは、初めから本当のギークにしか愛されないような代物だった。iPhoneと比べると、貧弱な外装をまとったクジラのように思えたものだ。

しかし、時間がたつにつれて、その生煮えのソフトウェアは成熟し、その特異性はスマートタッチにとって必要なものであることが明らかになった。今でも私は時折トラックボールやフルキーボードを懐かしむことがある。そしてG1は全く可愛らしい代物では無かったが、無闇に頑丈なものではあったのだ。

Motorola Droid (2009)

もちろん、ほとんどの人は、有名なRAZRのメーカーであるMotorolaが、より滑らかでより薄いデバイスであるDroidを投入するまでAndroidにはあまり関心を寄せることはなかった。振り返ってみれば、DroidはG1に比べて遥かに良かったり異なっていたりしたわけではない。だがそれはより薄く、優れたスクリーンを持ち、MotorolaとVerizonから多大なマーケティングプッシュを受けるという有利な立場に立っていた。(情報開示:VerizonはTechCrunchを所有するOathを所有しているが、これは如何なる形でも私たちの記事に影響を与えてはいない)。

多くの人にとっては、Droidとその直系の子孫たちが、手にした最初のAndroid搭載端末だった ―― Palmのようなものを完全に打ち負かしただけでなく、iPhoneよりも遥かに安価な、新しく興味深いものだったのだ。

HTC/Google Nexus One (2010)

これは、GoogleとHTCの間の継続的な協力の成果である。そしてGoogleブランドが付けられて、Google自身が販売も手がけた初めての携帯電話である。Nexus Oneは、最終的にはiPhoneと対等に競合することを狙った、洗練された高品質のデバイスであることが意図されていた。それは、キーボードを捨てて、クールな新しいOLEDスクリーンを装備し、素敵で滑らかなデザインを採用していた。だが残念ながら、それは2つの問題に突き当たった。

まず、Androidのエコシステムが混雑し始めたということだ。人びとには多くの選択肢が与えられ、基本機能を持つ電話を安価に買うことができるようになっていたのだ。なぜ流行りものにわざわざお金を払う必要があるのだろう?そしてもう1つの問題は、Appleが程なくiPhone 4をリリースしようとしていたことだ。それは意図的にNexus Oneを含む全てを打ち負かそうとしていた(当時私はAndroidファンだった)。Appleはナイフを使った戦いに銃を持って来たのだ。

HTC Evo 4G (2010)

また別のHTCデバイス? まあ、この時は現在機能を失ってしまった会社の絶頂期だったのだ。彼らは他の誰もが取らないようなリスクを取っていたし、このEvo 4Gも例外ではなかった。これは、当時としては巨大だった:iPhoneのスクリーンは3.5インチだったし、大部分のAndroidデバイスも、それよりは小さくはないとしても遥かに大きなものでもなかったのだ。

HTCは消えた

Evo 4Gは、私たちの批判を何とか生き残り(現在の平均的な電話の大きさを考えると、私たちの現在の基準はとても変な方向に行ったように思える)、かなりの人気を集めた携帯電話だ。しかしこの機種は、売上記録を打ち立てたということではなく、携帯電話が大きくても意味があるということを皆に示したことで記憶されるべきデバイスである(この時代の称賛の言葉はDroid Xに与えられた)。

Samsung Galaxy S (2010)

Samsungの大々的なデビューは派手に行われた、実質的に全てのキャリアのストアにそれぞれの名前とデザインで携帯電話が登場したのだ:AT&T Captivate、T-Mobile Vibrant、Verizon Fascinate、そしてSprint Epic 4G。まるでAndroidのラインナップがまだ混乱していなかった時代のようだった!

Sは堅実な電話だったが、欠点がないわけではなく、iPhone 4は非常に手強い競争相手となった。しかし好調な販売成績が、Samusungによるプラットフォームへのコミットメントを強化し、Galaxyシリーズは今でも強いままだ。

Motorola Xoom (2011)

これはAndroidデバイスがAppleを追っていた時代のことであり、現在見られるような逆の現象がまだ見られることはなかったころだ。それ故に、オリジナルiPadがリリースされた直後に、GoogleMotorolaと協業して、タブレット版Androidを出してきたことには不思議はない。その結果がモルモットに志願して短い命を終えたXoomタブレットだった。

現在でもAndroidタブレットは売られているが、Xoomは開発の袋小路に入り込んでいた。本質的にAppleが発明し、すぐに支配してしまったマーケットの欠片を削り取ろうとする試みだったのだ。Motorola、HTC、Samsung、そしてその他のメーカーたちからのAndroidタブレットには、満足できるものはほとんどなかったが、それでも暫くの間は十分に売れていた。これは、「後追いでリードを奪う」ことの不可能性を示すこととなり、デバイスメーカーたちにコモディティハードウェア戦争に参加するのではなく、専門化の動きを促すことになった。

Amazon Kindle Fire (2011)

そしてAmazon以上に語り甲斐のあるベンダーはいない。 そのAndroidの世界への貢献は、非常に安価でデジタルメディアの消費に直接注力することで、他社と差別化を図ったFireタブレットシリーズだ。発売時の価格はわずか200ドルで、後にさらに安価になったFireデバイスは、Fruit NinjaやAngry Birdsで遊ぶためにタブレットの購入をせがむ子供たちを抱えた、通常のAmazonの顧客(ただしiPadのために大金を支払う気はない顧客)の要求を満たすことになった。

これは賢明な戦略であり、もちろんAmazonは、オンライン小売における巨大なプレゼンスと、競争相手の手の届く範囲から価格を引き下げるように助成することができる能力においては、ユニークな立場を占めていた。Fireタブレットは特に優れているものではなかったが、それは十分に良いものであり、支払った価格を考えると奇跡のようなものだった。

Xperia Play (2011)

SonyはAndroidではいつも苦労していた。そのXperiaシリーズは何年にもわたって、競争力のあるものだと考えられていた。そのうちの何台かは私も持っていたし、間違いなくカメラ部門では業界を牽引する存在だった。しかしそれを買う人はいなかった。ようやく買われたのは(その過大広告に比べると僅かなものだったが)Xperia Playだった。この機種はモバイルゲーミングプラットフォームだと考えられていた、そしてスライドアウトするキーボードのアイデアも秀逸だった。だが全体としてみると完全な失敗だった。

Sonyが示したことは、Androidの人気と多様性にただおんぶして、欲しいものをなんでも詰め込んで立ち上げることはできないということだった。携帯電話自身はそれだけで売れるものではないし、携帯電話の上でPlaystaionのゲームが遊べるというアイデアは一部のオタクにはクールに響いたかもしれないが、ミリオンセラーを達成できるほど十分なものではなかったのだ。そして携帯電話たちは、ますます売上を追い求めるようになった。

Samsung Galaxy Note (2012)

膨張していく携帯電話の傾向の、自然な究極の姿として、Samusungは初の「ファブレット」を発売した。そして市場の抗議の声にもかかわらず、この電話はよく売れたばかりではなく、Galaxyシリーズの定番となった。実際、Appleがそれに続いて「プラス」サイズの携帯電話を生み出すまでに、あまり時間はかからなかった。

またNoteは、携帯電話を日々のスマートフォン用途に使うだけでなく、重要な生産性向上のために利用する一歩を踏み出したものだった。それは完全には成功していなかった。Androidは高度に生産的であるための準備が整っていなかったのだ。しかし振り返ってみればそこには、Galaxyシリーズを成功させ、生産性をそのコアコンピタンスとして成り立たせようとした、Samsungの先見の明をみてとることができる。

Google Nexus Q (2012)

この失敗に終わった試みは、Androidをプラットフォームとして普及させようとしていたGoogleによって当時下された、多くの間違った決定の1つである。おそらくGoogleでも、世界中のどこでも、これが一体何のために存在しているのかを本当に理解していた人はいなかった。私もいまだにわからない。私たちはそのときにこのように書いている:

Nexus Qの問題は次のようなものだ:それは驚くほど美しいハードウェアだが、それをコントロールするためのソフトウェアによって裏切られている。

しかし、それは米国で(正確にはほとんど米国で)作られたものだったために、止められることはなかった。

HTC First — “The Facebook Phone” (2013)

Firstは酷い扱いを受けた。携帯電話そのものは、控えめなデザインと大胆な色合いが目立つ愛らしいハードウェアだった。しかしそのデフォルトのランチャー、呪われたFacebook Homeが、絶望的に悪かった。

どれほど悪かったかって?4月に発表され、5月には中止されたのだ。その短い期間にAT&Tのショップを訪ねた際にも、スタッフたちはどのようにFacebookのランチャーを無効にして、その下に隠された完全に素晴らしい携帯電話を使えるようにするかを知っていた。良かったことは、新品で売られた台数がとても少なかったので、ほとんどの在庫がEbayなどで大変安価に売られ始めたということだ。私は2つ買って、ROM内の実験に使った。後悔はしていない。

HTC One/M8 (2014)

これがHTCの終わりの始まりだったが、最後の数年間の彼らは、デザイン言語をAppleに匹敵するレベルのものにアップデートしていた。Oneとその後継機種は良い携帯電話だったが、HTCが「ウルトラピクセル」カメラをあまりにも過剰に売り込み過ぎたために、実際にはそれ程でもないことが分かると共に、iPhoneの独走を許すことになった。

Samsungがますます支配的になるにつれ、Sonyは消え去り、LGや中国の企業が続々と争いに参入し、HTCは攻撃に晒されて、Oneのような堅実な携帯電話シリーズでも競争することが難しくなっていった。2014年という年は、古い製造業者たちが退場し、有力なメーカーが台頭して、徐々に私たちが現在目にしている市場が形作られた過渡期だったのだ。

Google/LG Nexus 5XとHuawei 6P (2015)

これはGoogleを本格的にハードウェアレースに導いたシリーズである。失敗作であるNexus Qを発表したあと、Googleは強気に打って出る必要性があった。彼らはそれを平凡なハードウェアに真に魅力的なソフトウェアを組み合わせることで実現したのだ。Android 6がそこに使われた夢だった。Marshmallowは皆に愛される機能を備えていた…そして電話機は私たちが心から愛したガジェットになったのだ。

私たちは6Pを「至宝のAndroidデバイス」と呼んだ 。このときこそ、Googleがその携帯電話を次のレベルに引き上げ、成功を収めたときだった。

Google Pixel (2016)

もしNexusが、Googleのハードウェアレースへの本格的参入を告げる号砲だったとするならば、Pixelはウィニングランと言うことができるだろう。これは、Appleの携帯電話に対して、何一つ恥じることのない競争相手である。

GoogleがAppleの機能に追いつこうとしていた時代は終わった。その代わりにGoogleは、それ自身が自立した競争者となったのだ。この携帯電話のカメラは素晴らしい。ソフトウェアはシームレスに機能し(ゲストモードが復活した!)、そして電話のサイズとパワーは誰でも欲しがるものを備えている。まるでAppleの最新iPhoneのような希望小売価格はいささかショックだが、しかしこの携帯電話は、有名で機能豊富な競争相手に肩を並べるための、Androidの旅の終着点である。

Essential phoneの登場と没落

2017年に、AndroidのクリエイターであるAndy Rubinが、その新しいハードウェアスタートアップスタジオであるDigital Playgroundから、最初の果実を登場させた。Essential(とその最初の携帯電話)である。同社は、携帯電話を市場に投入するために3億ドルを調達していた。Androidのクリエイターが市場に問う初めてのハードウェアデバイスとして、そして次世代の新しいハードウェアとして宣伝されていたのだ。

ここTechCrunchでの評価は、様々に分かれた。この携帯電話をEssentialが目指していたビジョンを達成したものとして ―― そしてAndroidスマートフォンに「ラブマーク」(進化したブランド概念)を生み出したものとして ―― 歓迎した者もいれば、このデバイスに対して特に本質的(essential)なものを見いださなかった者たちもいた。

結局のところ、市場での評価は出たようだ。4ヶ月前には、第2のEssential phoneの計画は保留になり、同社はセールを計画し、他のプロジェクトを追求し始めている。以来、アップデートを耳にすることはほとんどない。

ハードウェアのカンブリア爆発

登場してから10年が過ぎて、Androidはハードウェアにもっとも広く組み込まれるオペレーティングシステムとなった。そのソフトウェアの様々なバージョンは、世界中の約23億台のデバイス上に組み込まれていて、インドや中国といった、モバイルのOSとアクセスがディフォルトである国々の技術革命の推進に役立っている。次の10年の入り口に立った現在、世界に向けたオペレーティングシステムとして、その成長速度や(優越性)は鈍る気配もない。

次の10年が何をもたらすかを見守ろう。

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(翻訳:sako)

 

写真:getty images