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FacebookのLibraは「大きくて悪い」電子マネーなのか?

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Facebookの仮想通貨「Libra」の登場で考える、お金とはどうあるべきものか?

Libraに関しては書くべきことが山ほどある。それに、すでに書かれている記事で的外れなものも山ほどある。それはたぶん、私が思うに、ほとんどの批評家が発展途上国で長時間過ごした経験を持たないからだ。途上国は、明らかにそのターゲット市場だ。まずは、Libraのプロモーション動画を見て欲しい。

Libraには、この世の終わりのような反応が見受けられる。新たなディストピアを招くとの警鐘だ。その論理はこうだ。1)Libraはたちまち世界を席巻する。2)LibraはFacebookが発行している。3)Facebookは悪い。4)世界の終わりだ! その最初の仮説に、私は面食らった。裕福な欧米の人間は、すでにたくさんの決済システムが使える状態にある。それらは、取り消し可能な取り引き、競争可能な取り引き、マイレージ制度、信用枠が使えるなど、Libraよりもずっと優位な存在だ。

私は、Libraに関する技術的、法的、政治的、そして高度な分析結果を数多く見てきた。その多くは価値のある内容だったが、今のところ、実際にターゲットとされる利用者のことは、ほとんど語られていない。つまり、Libraの白書が言うところの銀行口座を持たない人たちだ。しかしどうも、Libraが目新しく、興味をそそられ、重要に感じる人たちとは、カテゴリーが少し違うようだ。しかし、誰もこのことを語ろうとしない。これほど多岐にわたって、しかも深く追求できる議論の宝庫であるにも関わらず、実際の利用者について触れられないというのは奇妙だ。

白書では、「銀行口座を持たない人」は17億人と推定されている。しかしこの数字は……、怪しい。このデータは、世界銀行のグローバル・フィンデックス・データベース2017から引用している。「それなら、信頼できる最新のデータなのだろう」と思われるかも知れない。たしかにそうだ。しかし、この同じ白書に、2104年から2017年の間に「銀行口座を開設」した人の数は5億5100人とも書かれている。Libraが運用を開始するときまでに「17億人の銀行口座を持たない人」は半減する計算になる。それは銀行のお陰ではなく、電子マネーのプロバイダーのお陰だ。

東アフリカで電子マネーM-Pesaが誕生したのをきっかけに、電子マネーは広く世界に普及した。西アフリカのOrange Money、インドネシアのOvo、インドのPaytm、そしてもちろん中国のWeChatとAlipayと、スマホの中のお金は、発展途上国ではもはや新しいものではない。

こう聞くと、裕福な国々と同じように、地元の言語を話し、市場をよく理解し、広く流通している競争相手が大挙してLibraを待ち構えているように思われるだろうが、それは違う。Libraの利点は、端的に言えば、現地通貨ではなく、国際通貨だといということだ。それには、優位な点もあり、またアキレス腱もある。しかもその市場は、厳密に言えば銀行口座を持たない人たちではない。電子マネーの口座は持っていたとしても、国際通貨にアクセスできない人たちだ。

なぜ、そのアクセスが必要なのか? 裕福な国で暮らす家族が途上国に送金するというのは日常的なことだが、その額は全体で年間5000億ドル(約53兆5000億円)にのぼる。その大部分が、ウエスタンユニオンなどの、遅くて手数料の高い業者を通じて行われている。それに従い、Libraの白書でも、問題提起の章で「送金」を大きく取り上げている。

しかし、両替に関しては論拠に欠ける記述がわずかにあるだけだ。なぜそれが問題なのか? なぜなら、送金はじつに大きな市場でありながら、以前の記事で述べたとおり「たしかに、5000FaceCoinをガーナの家族に0.1パーセントの手数料で送れるのは有り難い。しかし、その後ガーナの家族は、両替所でなんとかそれをクレジットに変換しなければならない。その作業は、今これを書いている時点で、時間がかかり、大変に面倒で、ユーザーに優しくなく、しかも通常の送金方法よりも高くつくことが非常に多い」からだ。

「現地がLibraを受け入れたら、問題ないんじゃないの?」と思うだろう。しかし、a)途上国の地元産業に新しい決済方法を受け入れさせるのは大変に難しく、b)地元の税金を払うために、結局、彼らも両替手数料を支払わなければならなくなる(Libraでの納税を可能にして、Libraを国の通貨にするよう政府に提言する楽天的な人が現れる前に、ひとつ忠告しておく。政府は、マネーサプライの権限を手放すようなことは、決してしたがらない)。

したがって、真に大規模な受け入れを実現するには、とくに産業と金融機関の取り引きにおいて、両替の制度が鍵になる。送金の分野では、普段から利用者のための通貨の両替サービスで大変な競争が繰り広げられている。Facebookは、それとなく市場に依存して、競争力の高い、流動的で、効果的で、効率的で、広く名が通った、Libraとそれが流通しているすべての国の現地通貨の両替を行おうとしているように見える。たぶん。しかし、それは高望みだ。

だが、個人や家族といった小さなスケールなら、Libraはずっと有効だろう。LibraはM-Pesaに取って代わるものではないし、それを狙ってはいないだろう。むしろLibraは、ケニヤ・シリングに対する米ドルのような関係の電子マネーになろうとしている。Libraは、国際的な準備通貨になれる可能性がある。おそらくそれは金融機関向けではなく、個人向けだ。そのレベルなら、両替もそれほど重要でなくなる。

米ドルは、少額であっても世界中のほぼ全域で使えて、送金もできる。貧困な国々では、そのほとんどで、米ドルが事実上の影の通貨となっている(私は、タクシーの運転手たちが20ドル札にやたらと詳しい地域に行ったことがある。20ドル紙幣には、種類によって偽造しやすいものと、しにくいものがあるからだそうだ)。さらに、米ドルは強い通貨だという理由だけで、現地通貨とは異なり、貯め込まれることがある。ベネズエラ、ジンバブエ、それにアルゼンチンなどを見ればわかるだろう。

Libraも、同じようになると私は期待している。個人は両替所に口座を開く必要がなく、LocalBitcoinsと同じようなスタイルで、Libraを現地の両替所に送るだけで済む。両替所は、Libraを受け取ると、相応の現地通貨を送り返す。願わくば、安い手数料で。

もしそれが実現すれば、そしてFacebookの圧倒的なサイズと浸透力で、そのようなサービスがほぼ世界全域で使えるようになれば、たとえLibraが裕福な国々で、また業界や金融機関で人気を得られなかったとしても、世界中の個人や家族が、受け取り、貯蓄し、使い、国際的に強い通貨に素早く(願わくば)ウェスタンユニオンなどより劇的に安い手数料で両替できる初めての通貨となるだろう。分散型の暗号通貨のような乱高下も、使用の制限も、ユーザーをないがしろにするようなこともない。これは大変なことだ。とってもいいことだ。

決して保証はできない。Libraには、まだ不確かな点が数多く残されている。アイデンティティ問題という非常に固い殻を砕く必要があるかも知れない。さらに、Facebookの技術力はさておき、これは、政治家や規制当局(そしてジャーナリズムも)目の敵にしているFacebookが発行する電子マネーだ。少なくともこれは、最初から彼らに対する反撃であり、それが多くの人々に、Libraの裏にある本当の狙いは何なのかと疑いを抱かせることにもなる。

だが、そこにある本当に大切なものも、一括りにして投げ捨てるのはよくない。もしLibraが、ある程度の規模でなんとか成功したなら、それは世界の大勢の人たちとって、生活と切り離せない非常に重要なものとなる。油断は禁物だ。プライバシーについては気を配るべきだ。適格な疑問を持とう。これは分散型のソリューションではなく、今後も決してそうはならないことを忘れてはいけない。私の立場は、みなさんと同じだ。私自身、Facebookに厳しい批評家との評価をいただいている。

みなさんが、憤慨と批判に走りたくなるのは無理もない。しかし、世界でもっとも貧しく弱い立場にある無数の人たちに大きな恩恵がもたらされる可能性は、どうか無視しないで欲しい。あなたは、分散型の、認証が必要ない、検閲を受け付けない形式のほうが好ましいとお考えだろうか? 私もだ! もし、Libraのように実用間近で、そうした電子マネーをご存知なら、教えて欲しい。

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(翻訳:金井哲夫)