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「ひとつですべてを一元管理するアプリ」がデジタルヘルスの未来とはならないワケ

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ヘルスケアの巨大企業は「ひとつですべてを一元管理するアプリ」が魅力的なアイデアだと思っている。

この想像上のモデルでは、保険、検査結果の予定、疾病管理など、健康管理上必要となるあらゆる物事を一元管理できる総合的なユーザー体験に、患者たちが大挙して集まってくることになっている。巨大医療系企業は、市場を独占しようとその技術を開発したり買収したりするなどして、今では患者たちに相応しいな医療提供者、治療、サービスに導く能力を備えた。

しかし、「ひとつですべてを一元管理するアプリ」には欠点がある。人々のテクノロジーの使い方を無視している上に、患者の体験を二の次にしていることだ。あらゆる医療上のやり取りを、たったひとつのアプリで行うよう患者に強制することは、個々人固有の疾病や患者の人物像といった複雑な要素を軽視することになる。

健康管理の体験は、ほとんどが固有のものであるため、私たちは今まで「ひとつのアプリ」に問題があるとは考えてこなかった。しかし、支払者、提供者、薬局、製薬会社、デジタルヘルス企業がみなデジタル体験を開発し、製品の足場を固めようと競争を始めれば、たちまちある疑問にぶち当たる。個別の疾病管理アプリをひとつのベスト・オブ・ブリードのエコシステムモデルと連携させるのがよいのか、それとも、ひと握りの巨大企業がもたらす独占的な「すべてを一元管理するアプリ」がよいのか?

これまでの経緯

今まで市場では、誰がユーザー体験を支配するかは重要な問題ではなかった。ほとんどアプリは、他社と競合するほどの十分なユーザーベースを持っていなかったし、企業や団体は、それぞれが特定の問題空間ごとに「単機能」の体験を作っていた。支払者は、保険の範囲、医療提供者や健康管理システムの検索などができるツールを開発し、病院の予約、電子カルテや検査結果の閲覧を可能にした。薬局では、薬の再処方が可能になった。製薬会社は自社の医薬品をサポートするためのアプリを開発し、個別の疾病や使用事例に特化したデジタルヘルス企業が成功を収めている。

しかし、デジタルヘルスが定着した今、これを受け入れる患者が増加し、「単機能」体験が衝突し合うようになってきた。そこで企業や団体は、別の方向からこれに対処しようと考えた。

多くの健康管理システムや支払者は、これをエコシステムモデル構築の好機と捉え、それらがシームレスに機能するよう主要な患者の個別の必要性に対応するベスト・オブ・ブリードのソリューションを採用し、データをリンクさせた。

だが憂慮すべきは、これを一部の大手団体が、患者の体験の支配力を強めるチャンスだと捉えたことだ。

彼らは「すべてを一元管理するアプリ」というソリューションの開発を目指した。単一のユーザー体験が、あらゆる患者と予測し得るすべての疾病をカバーするというものだ。

プロペラヘルスでは、先日、ひとつのアプリが市場を独占した先の未来を見通せなかったある顧客と「決別」した。

難しい決断だった。しかし、私たちには仕方のないことだった。理由はこうだ。

なぜ「ひとつですべてを一元管理するアプリ」は患者の体験を劣化させるのか?

「ひとつですべてを一元管理するアプリ」の利点は一目でわかる。ユーザーは、ダウンロードして利用するアプリの数を減らせる。複雑な疾病を抱えた、または複数の疾病を併発した患者には、とくに有り難い。また団体側は、ひとつのアプリで望ましい医療提供者、治療法、サービスへ患者を導くことができる。

しかし、このアプローチには大きな問題がある。

ひとつのプラットフォームがあまりにも多くの分野で秀でようとすれば、全体に質の低下を招くことが常だ。名指しはしないが、ある有名なマーケティング・ソフトウエアのプラットフォームを使ったことがある人なら実感できるはずだ。のっけから大変に複雑でパーソナルな医療の場合は、さらに難しい。そのため、たちまちそれは複雑でやっかいな製品となってしまう。入力データや使用事例の数が膨大であるため、そもそもシンプルには作れないのだ。

デジタルヘルス業界でのあらゆる体験から、私にこう学んだ。ひとつの病状に対する魅力的で便利なユーザー体験を生み出すことは非常に難しい。複数の病状に対応するひとつのユーザー体験ともなれば言うに及ばずだ。

ユーザーの取り込みは難しい。彼らを惹きつけておくことも難しい。特定の臨床結果を改善し、それを継続的に証明することは、とくに難しい。優れた製品を作るには、特定のユーザーと問題空間に過剰なまでに集中し、粘り強く実験と練り直しを重ねる必要がある。そうした、一途に打ち込む姿勢がなければ、患者の必要性よりも会社の要求が優先されるようになってしまう。それでは患者は喜ばない。

このアプローチに価値を持たせようとするなら、ひとつのアプリ方式の劣悪なユーザー体験は、ユーザーの登録者数と引き留め率を上げることで相殺できると信じるしかない。ユーザー体験などは、オールインワンのプラットフォームの利便性の前では大した問題ではないと信じ込む以外にない。

それではいけない。医療はファストフードとは違う。患者の人間性、尊厳、そして生活を犠牲にすることになる。人間性、尊厳、生活は、患者のためを思って過剰なほどに集中して作り上げたユーザー体験を捧げてしかるべきものだ。

「ベスト・オブ・ブリード」のエコシステムのアプローチがなぜ最善なのか

この20年間で私たちは、人々がどのようにテクノロジーを使いたがっているかに関して、多くのことを学んできた。「ベスト・オブ・ブリード」こそが未来だという証拠が欲しい方は、他の業界が体験しているデジタル化への移行の様子を見ればよい。

たとえば、サービスとしてのソフトウエア(SaaS)だ。そこには、識別(OAuth)とデータ統合(API)を通して連携する特別なソリューションが大量にある。

それは、一般消費者向けアプリの事情とよく似ている。旅行アプリやコミュニケーションアプリなどで、ぴったりくるものはひとつもない。娯楽業界では多くの企業が「ひとつのアプリ」を目指していたが、結局のところ、Netflix、HBO、ディズニー、ESPNなど、個人が登録する垂直型の動画配信サービスが普及している。これらすべてが、みなさんのApple TVの中でシームレスに共存している。大手企業が新しいソリューションを買収したり開発したりしても、ユーザー体験の名の下に、それらのソリューションは個別に扱われる。たとえば、フェイスブックはメッセンジャーとインスタグラムとワッツアップを、すべてフェイスブックに含めるのではなく、切り離した。

消費者である私たちは、特定の問題に対応する特定のソリューションを、いくつも連携させて簡単に使う形を快適に感じている。大企業が私たちの活動全般を網羅しようと、次々に新しいソリューションに手を出すことがあるが、そうしたソリューションは得てして粗末で、使い勝手が悪く、サポートもいい加減だ。

しかし現在、この状況はかならずしも世界共通とはなっていない。中国では、テンセントの製品であるウィーチャットなどが、まったく異なる市場力学(医療と技術)を背景に、複数の医療垂直市場に手を伸ばしている。そんなウィーチャットですら、独自にソリューションを開発する傍ら、サードパーティーの企業がベスト・オブ・ブリードのソリューションでエコシステムを拡大してくれることを期待している。

未来はどうなるのか

私が思い描く未来は、ひとつのアプリが代表する世界でも、複雑なアプリの世界でもない。

その未来では、患者は、おそらく医療機関や主要な医療提供者から提供される臨床アプリを中心的に使っている。それは、スケジュール、臨床データ、リマインダー、フォローアップを管理できる。

その他に、患者は特定の健康問題に対応した専用アプリのセットも持っている。たとえば、呼吸器系の疾患、糖尿病、精神疾患、運動の増進、睡眠の質の改善などを管理するアプリだ。これらは、それぞれの問題の管理において市場でもっとも優れたアプリなので人気となる。精神疾患を管理するアプリと糖尿病を管理するアプリとでは、使用体験は異なる。インスタグラムとフェイスブックの使い方が違うようにだ。

こうしたエコシステムモデルでは、患者が中心的に使う臨床アプリが、その問題に特化したソリューションに外部リンクされる。医療機関と医師は、心血管系疾病、糖尿病、呼吸器官系疾病、精神疾患などの大きな臨床領域で治療に集中できるよう、絞られた数の専門プラットフォームや製品を使う。それらのソリューションから集められたデータは、アプリの提供者である団体で統合され、電子カルテや集団健康管理に反映される。

最終的にそれは、それぞれが垂直市場において最適な、さまざまなソリューションを含む多様なエコシステムとなり、個々の患者や医療提供者のタイプの必要性に合わせて作られたユーザー体験を届けるようになる。

それが患者にとってはいちばんだ。

【編集部注】著者クリス・ホッグ(Chris Hogg)氏は健康関連のデータの新しい形態が医師と患者の関係をどう変えてゆくかに注目するデジタルヘルスの提唱者。プロペラヘルス(Propeller Health)のCCOとしてサンフランシスコ支社を担当し、医薬品事業開発、ヘルスシステムおよび医療費支払者へのセールス、臨床と医療およびデータ科学チームを統括している。

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(翻訳:金井哲夫)