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神戸大学発スタートアップIGSが無痛で被爆しないマイクロ波マンモグラフィーを開発

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IGS(Integral Geometry Science)は9月13日、マイクロ波を使ったマンモグラフィー(乳がん検査機器)のプロトタイプの開発に成功したことを発表した。IGSは、神戸大学の数理データサイエンスセンターの木村建次郎教授が2012年4月に設立し、現在CSO(Chief Strategic Officer)を務める神戸大学発のスタートアップ。

神戸大学の数理データサイエンスセンターの木村建次郎教授

このマイクロ波を使ったマンモグラフィーは2013年に試作機が完成し、2015年に日本医療研究開発機構(AMED)の事業に採択されたことで原型機の開発に取り組むことになった。すでに日米欧中の9カ国で基本特許を取得済みとのこと。

乳がんを早期発見するために使われる検査機器であるX線マンモグラフィーは、X線を照射する手法のため(ごく軽度の)被爆は避けられない。しかも乳房を挟み込んで検査するため、女性の場合は痛みも伴う。乳房にX線を照射すると乳腺とがん細胞が白く見えるのだが、乳腺の密度が高い、いわゆる高濃度乳腺の女性の場合は乳腺とがん細胞を区別しづらいという問題もあった。

アジア人では50歳未満の女性の79%が高濃度乳腺というデータもあり、特に若年層の乳がんを発見するのは非常に難しい。また、若い女性は乳房を垂れないように形成するクーパー靭帯(コラーゲンを主成分とした硬い結合組織)が発達しており、これがX線検査の障害物にもなる。クーパー靭帯は年齢を重ねるごとに減少していくため、一般的に高齢者のほうがマンモグラフィーで乳がんを見つけやすくなる。

この問題を補うための検査方法としては超音波診断がある。超音波の場合は、音なのでもちろん被爆しないのだが、乳房の大部分を占める脂肪は超音波を減衰させるため、検査時には可能なかぎり乳房を押し潰す必要ある。柔らかい物体より固い物体のほうが超音波が奥まで届くためだ。こちらも乳房の体積が多い女性ほど、病変を発見しづらい。

さらにX線マンモグラフィーや超音波の場合、担当する検査技師によって乳房を挟む強度や角度が異なるケースも多く、同じ部位を同じ角度、同じ状態で経過をチェックするのが難しい。経験の浅い技師の場合、患者の強い要望で強度をあまりかけられず、十分に検査できないこともあるそうだ。さらに、医師はこれらの検査で得られた造影画像を読影したうえで触診するため、医師の経験値によって発見が遅れる場合もある。

なお、乳がんを検査する方法としては、MRI(核磁気共鳴画像法)やPET(ポジロトン断層法)などの方法も知られている。MRIはガドリニウムを造影剤に使うため、稀とはいえ副作用で重篤や死亡に至るケースがある。PETはガンマ線を使うので被爆は避けられず、これから出産を控える女性が使うのは難しい。つまり、いずれの方法も1年おき、半年おきに何度も実施する健診での利用は回避される傾向がある。

マイクロ波マンモグラフィーによる乳がん検査

今回発表されたマイクロ波による乳がん検査装置は、これまでの検査方法の問題を解決するものとして注目されている。マイクロ波は、乳房の90%以上を占める脂肪はそのまま通過するが、血管や細胞が密集するがん細胞、実際には水分が集まっている部分に当たると拡散する性質のため、その有効性は以前から知られていたそうだ。

参考資料:マイクロ波マンモグラフィの実用化に大きく前進厚生労働省先駆け審査指定制度対象品目に指定

左上がX線による造影画像。左下と右上はマイクロ波による拡散を分析して3D画像化したもの

しかし、木村教授によると「応用数学上の未解決問題である『波動拡散の逆問題』が高い壁となっていた」とのこと。マイクロ波ががん細胞に当たると四方八方に拡散するため、これまでは有効なデータとして取得することは難しかったのだ。この問題を木村教授が、多次元空間における散乱場の基礎方程式の導出によってに解析的に解いたことで、マイクロ波によるマンモグラフィーを開発できるようになったという。X線や超音波の造影画像とは異なり、3D画像で視覚的に判別しやすいのもメリットだろう。

ちなみにIGSではこのマイクロ波を使った解析技術を、トンネルやビル、ダムなどの補修前検査、リチウムイオンなどの充電池の出荷前検査などに応用して実用化済みだ。

IGSが開発したマイクロ波によるマンモグラフィーのプロトタイプは、すでに神鋼記念病院、兵庫県立がんセンター、神戸大学付属病院、岡本クリニックなどの協力病院で約350人に対して臨床試験を実施。高濃度乳腺の乳房に対して、X線マンモグラフィーや超音波による検査よりも高い有効性を示したそうだ。今後は東京でも、慶應義塾大学病院やKRD日本橋で臨床が始まる予定だ。

なお、マイクロ波を使ったマンモグラフィーのプロトタイプは、医療機器メーカーから部品を調達して、IGSのエンジニアの手で組み立てられているとのこと。外注しない理由について木村教授は「20GHzという高出力のマイクロ波をコントロールできる人材は少なく、これをきちんとキャリブレーションして出荷するにはどうしても熟練したスタッフが必要」とのこと。

これまで、汗を分析する、患者を風呂に入れて超音波で計測するなど、X線マンモグラフィーに代わるさまざまな方法が考案されてきた乳がん検査。いずれも精度や検査方法の煩雑さなどで普及せず、結局はX線マンモグラフィーと超音波を併用する検査方法が長らく定着してきたそうだ。マイクロ波による乳がん検査は、果たしてこの壁を壊せるのだろうか。