成長したスタートアップを潰してしまう「虚栄マーケティング」に手を出すな

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2014年、私はロケット宇宙船の1階だと自分で思っていた場所に乗り込んだ。Fling(フリング)は、2014年に急成長したアプリとなり、私は相当気前のいい待遇でその会社のCGO(Chief Growth Officer、最高成長責任者)に抜擢された。今思えば、そこで立ち止まるべきだった。ロンドンに到着して24時間以内に、私はFlingのロゴが入ったハンヴィーに出迎えられた。この特殊車両が一番悪い経費の使い方であるとは、そのときは気が付かなかった。

Flingのマーケティング部門は20人の社員で構成されていた。これは全社員の30%にあたる。これほどの規模のマーケティング部門を本社から離れた場所に置かなければならないスタートアップなんて、ちょっと変だと感じた。私は一人ずつ彼らと面談し、それぞれの専門分野、役割、その人がどれほどの価値を会社にもたらすかを検証した。オンラインユーザーの獲得、ブランド、提携、メトリックスなどなど、彼らの専門分野は多岐にわたっていて、私はなんと、履歴書の文字面だけで彼らの技能に関心させられてしまった。

そこでは資産は無限であるかのように思われ、時間も金も、あらゆる出費は、全体として利益が出る限りは妥当だと感じられた。しかも単独で、おそらく多くの人間(あるいは全員)がプラスの投資対効果を示していた。その結果、「すべてを適正に行っている」にも関わらず、常に現金が不足していた。すべて機能してはいたが、それは持続可能で制御可能なかたちではなかった。そのため最終的に私は、誇大広告に手を染めることになった。マーケティングの肥大化を私は懸念していたのだが、そのとおりになってしまった。会社は、2100万ドル(約23億円)の現金を燃焼した後、行き詰まった

その責任の一端が私にあることは承知している。出血を止めるべきだった。しかし、何をやってもプラスの結果になった。ひとつひとつの数字を示したり説明したりできる内容ではないが、たしかに結果は出ていた。私たちは世界中のお金と時間を手にしていた。そうでなくなる瞬間まで。

Flingに入る前、私は前の会社が倒産してから、世界で最も人気のあるフィットネスアプリを使って必死に腕の筋トレばかりやっていた。Flingの後は、自ら悪習を身につけ、あまり実入りは良くないが、もっと充実感のある、結果がすべてという仕事を点々とせざるを得なくなった。

私の場合、そしてすべてのマーケッターにも言えると思うが、やりくりの高い資質を養うためには、豊かな環境ではなく、貧困な環境に長い間身を置く必要があった。この環境の違いとは、自分で経験を積んで能力を成長させてゆくか、仲良しのベンチャー投資家のおっぱいを吸い続けるかの違いだ。

しかし、「やりくりの資質」という言葉は誤解を招く。そこには見事なまでの皮肉が込められている。資産が底を突いたときに初めて養われる能力だからだ。

そこで、新しい言葉を憶えて欲しい。「虚栄マーケティング」(Vanity Marketing)だ。

虚栄マーケティングは、企業にとっては魅力的な投資だ。漠然としていて儚く、それでいて満足のいく結果をもたらしてくれる。盛大なパーティーを開いたり、ロゴ入りのハンヴィーを乗り回したり、人が羨む存在になれる。そしておそらく、何かを言えば1万件のシェアやリツイートがつく魔法の「バイラリティー」が手に入る。

あなたは人気者になる。これといって特異なところはないまでも、投資家のほうから近づいてくるような、マスコミが話を聞きたがるような、または「成功者」として非常にセクシーな人物になる。これは、例えば担当する営業部門などが、厳しい目で監視されている市場が少ないという事実がもたらす結果だ。クビにならないというだけで多くの人が生き残れる、巨大にして絶大な力を持つ戦車のようなマーケティングの結果だ。

もし、実力を伴わないまま巨大化したことがスタートアップの死につながるとしたら、マーケティングはその原因となる自覚症状のないガンだ。有り余る資産が体に染みついてしまったマーケッターは、空っぽになるまで資産を使い切る。資本を燃やして会社を成長させれば、マーケティングは簡単に成功するからだ。

起業家を自称するだけで起業家のような顔をしている人たちが大勢いるのをご存知か?マーケティングにも同様のパターンがあることを、私は知った。誰もが自分を「グロースハッカー」だと言いたがる。しかし、SQLやPythonの記述方法を勉強したいという人はいない。

なぜか?セクシーでないからだ。または、CPMや平均注文額、「カートに追加」のユニーク数あたりのコストといったメトリックスほど魅力的ではないからだ。セクシーなのは、新しいオーディエンスを獲得するために(他人の)金を使うことであり、大きな数字が増えてゆく様子を誇示することだ。問題は、土の中に自分の手を突っ込まない限り、自分のマーケティングが利益を生んでいるか否かを実際に知る術がないということだ。何十万ドルも浪費して、何の見返りも得られないマーケッターを私は見てきた。同じだけの経費を出張に使って、1セントも売り上げられない営業マンがいたら、あなたはどう思うだろうか。

大きくなって消えていったスタートアップのほとんどが、なんらかの虚栄マーケティングで大枚を浪費している。それは例えば、一人のユーザーを獲得するために必要な経費とはまったく関係のない支出だ。もしこれを読まれたマーケッターのあなたが、自分は違うと思われたなら私は誇りに思う。と同時に疑わしく感じる。楽しい時間を過ごしたり、CESでパーティーを開いたり、ちょっとだけそれを味わってみるぐらいなら、そして数量化が難しい何かを手に入れるための一時的な試みだと自覚しているなら構わない。「みんなもやってるから」というだけの理由で金を使おうとするのなら、まったく馬鹿げている。

しかしダークな事実として、マーケティングの経費には、その効果をまったく数量化できないものが非常に多い。大枚を叩いたという以外に、現実として実証できるものがほとんどないのだ。

退屈で一貫したマーケティング、つまり分析可能でその本当の効果が理解できる仕事は、大きくてキラキラしたものに比べるとまったく面白そうに見えない。人を驚かせることもないだろう。だが、それが役に立つ。そしてそれが、どこへ行っても成功できる秘訣なのだ。

【編集部注】著者のディック・タレンズ(Dick Talens)はフィットネスハッカーでありグロースハッカー。

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(翻訳:金井哲夫)