Echo Studio

低価格のAmazon Echo StudioがアップルのHomePodを追撃

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思い起こせばAmazon(アマゾン)は、2014年の年末にオリジナルのEchoを引っさげて、スマートスピーカー市場に参入した。同社の多くのハードウェア製品と同様、かなり実利的なデバイスだった。この初代のEchoは「賢い」ことに重点が置かれ、「スピーカー」としての性能はないがしろにされていた。

Echoシリーズとしては、徐々に音質も改善されてきたが、Apple(アップル)のHomePodや、Google(グーグル)のHome Maxが登場したことで、Echoのラインアップに本当に高品質のスピーカーがないことが露呈してしまった。アマゾンでは、EchoシリーズにLink、Amp、Sub、Inputといった製品を追加することで、Alexaを既存のホームステレオに統合する戦略にも出た。しかし、このStudioが発表されるまで、アップルのHomePodに対する本当の答えは示されていなかった。

Echo Studioは、あらゆる点で、アマゾンがHomePodを意識して作ったもの。良い点も悪い点も、その他すべての特徴が必然的に含まれる。確かに、これはアマゾンが今までに発売した中で最も高級なEchoスピーカーだが、Studioはいわゆる高級スピーカーというものとはちょっと違っている。製造品質や素材の質感は、アップルのHomePodには及ばない。しかし、価格の差が100ドル(約1万900円)もあることを考えれば、納得できる範囲のものだろう。

アマゾンが、この製品をHomePodよりも低価格で提供したのは、間違いなく正しい動きと言える。さすがに、300ドル(約3万2600円)もするスピーカーは、アマゾンでも売るのがかなり難しい。しかしちょうど200ドルを切るような(日本では2万4800円)価格は、Echo Studioにとって適切な値付けだと考えられる。しかもアマゾンが、頻繁にハードウェアを割引販売することを考えればなおさらだ。

ぱっと見、StudioはHomePodにちょっと似ている。サイズもほぼ同じ。標準のEchoよりもかなり大きくはなっているものの、たいていの机や棚に無理なく収まらないほど大きくはない。上部には、特徴的な大きなライトリングがあり、それに沿ってマイクのオン/オフ(オフでリングが赤く光る)、音量を上げる/下げる、Alexaを起動するアクションボタンという4つの物理的なボタンが配置されている。

Googleのデバイスを使っていると、曲の再生や一時停止を、押して操作するのが自然に感じられることを実感させられる。ほかのEchoシリーズのデバイスでもそうだが、そのような操作はできない。

上から、全体のほぼ3分の2ほど下がった部分には、大きな切り欠きがあり本体を貫通している。これは低音用の開口部で、下向きに取り付けられたウーファの効果を最大限に引き出すもの。その狙いどおりの効果を発揮している。低音の不足はまったく感じられない。私の好みで言えば強すぎるくらいだ。ロックをかけると音が濁る傾向がある。

Echo Budsと同様、アマゾンのアプリを使ってイコライザーのレベルを変更できるので、思いどおりに調整できる。Studioにも、音質のキャリブレーション機能が組み込まれている。競合する他社のシステムと同様、周囲の音を聴き取って自動調整するもの。音質を最適化するには、少なくとも壁から6インチ(約15cm)離して設置するようAmazonは勧めている。私もリビングルーム内で、何カ所かの場所に置いて試してみた。音質はなかなかいいが、他社の高級スマートスピーカーにはちょっと及ばないと感じた。

Studioの音質は、例えばBill Evans(ビル・エヴァンス)のジャズピアノのような、シンプルなサウンドの再生に適している。一方、The Hold Steadyのようなロックや、Run the Jewelsのようなヒップホップを再生すると、明瞭さが若干損なわれる感じだ。とはいえ、アパートの部屋など、狭めの部屋で使う分には音量的にも申しぶんなく十二分に機能する。ホームシアター用のオプションを追加すれば、Fire TVのユーザーにとって効果的なアップグレードとなるはずだ。

Studioは疑いの余地なく、これまでで最も優れた最も豊かな音質を実現したEchoだ。音質に限って言えば、アップルHomePodや、Sonos(ソノス)のMove、あるいはグーグルのHome Maxより優れているということはできないが、199ドル(日本では2万4800円)という価格設定は、アマゾンが考える、より低予算のスマートホームへのアプローチにも適合するものだろう。

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(翻訳:Fumihiko Shibata)