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親父のツイートを消したければ、まずは俺を倒してからにしろ!

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Twitterにはいくつかの使い方がある。最も多いのは、このソーシャルプラットフォームの名前を全国的な一般名称に押し上げた、普通の人たちが大好きな互いにコミュニケーションを取るという使い方だ。彼らはTwitterを大いに利用している。彼らがTwitterを大きくした。

中でも私は、極端なケースだと言える。私は何でもシェアしてしまう。ガンの診断結果をシェアしたし、幹細胞治療についても、新しい仕事のことも、結婚式のこともシェアした。父ベイリーを失ったこともだ。

米国時間11月27日にTwitterは、使われていないアカウントを回収すると発表した。つまり、長期間ログインしていないアカウントは休眠状態と断定し、回収プロセスに送るということだ。

当初、私はいいことだと思った。不当に居座っているアカウントが山ほどあるため、ユーザーはAOLみたいなダサいユーザー名が押し付けられるからだ。Joe583822みたいな。まったく面白くない。しかもそうしたアカウトは使われてなかったりする。非アクティブというやつだ。

騒ぐほどのことではない。しかし、私はこのツイートに出会った。

デイブ・リー:Twitterによるユーザーの間引きに関する追加情報。アカウントを持つ人が死んでから6カ月以上経過すると、アカウントがサイトから削除されることになった。だだし、そのログイン情報を誰か別の人が持っている場合は除く。

私の心は沈んだ。そして泣いた。こんなこと思ってもみなかった。大問題じゃないか。

親父のTwitterアカウントは非アクティブだ。4年前にこの世を去っている。親父は、どう考えてもTwitterのライトユーザーだった。親父が使っていたのは、正直言って私が使いすぎていたのがだいたいの原因だ。それが憎めなかった。親父はよく気の利いたツイートで話に割って入ってきた。私はそれを、私をフォローしてくれている心温かいみなさんに、つつましくシェアしたものだ。

バリー:カウボーイズってば

親父は本当に楽しんでいた。私もそうだった。今でもだ。今でも私は親父のツイートを読んでる。そして今でも、ときどきみんなにシェアしている。変に思われるかも知れないが、そうして私は親父を忘れないようにしてる。親父のスピリットを生かし続けてるんだ。親父のツイートには、世界にシェアしたときのタイムスタンプが入っている。

それをツイッターは一掃して、紙屑のようにくしゃくちゃと丸めてゴミ箱に入れようとしている。

バリー:これをツイートしろ

死んでアカウントを放置している、つまりTwitterが言うところの「非アクティブ」にしているのは、言うまでもなくうちの親父だけじゃない。知ってるだけでも何人かいる。だが私が一番不安に感じているのは、彼らの心ない考え方だ。失った知人全員は思い出せないかもしれない。しかし、彼らが過去に言ったりシェアしたことを思い出せなくするなんて、やめてほしい。

なぜそんなにTwitterを使うのかと人に聞かれたときは、そのプラットフォームを生きた有機体だと感じているからだと私は答えている。完璧ではない。実際ひどいときもある。最近ではしょっちゅうだ。

イベントや休日の間など、私のスマートフォンの中のその小さな小さなアプリは脈動する。そして心を持つ。なぜなら、本当にそうだからだ。それは、感情や本当の心の内を持つ人間性であふれかえる。それが、TwitterをTwitterたらしめているのだ。

バリー:Twitterとは、オープンなインスタントメッセージなんだな。わかったぞ

心臓の脈が止まったからって、その人の考えの意味が失われるなんてことはない。Twitterが、こんなことは初めから考えていたわけではなく、すぐに方向転換してくれることを切に願う。たぶん、彼らはアカウントを記念に残す方法を提供してくれるだろう。私は親父のアカウント情報を知らない。だから親父のアカウントを「目覚めさせて」温存させることができないのだ。親父のあのおかしくてナードなツイートが失われるかと思うと悲しくなる。特にこれだ。

バリー:病院の携帯に電話してくれ

親父は、私がTwitterの中の唯一の人間だと思い込んでいた。私は、Twitter上ではそれを正したり、教えたりはしなかった。親父は、自分が使いたいように使っていたのだ。そのことが、そういう人だったなと思い出させてくれる。それが奪われてしまうのなら、Twitterとはいったい何なのだ?

バリー:お前の父親でいられることを私は誇りに思う。そしてお前の中には、これから始まる、まだ成し遂げていない物事が見える。それが誇らしい

Facebookは、他の人のページを記念に残すことを許している。それは素晴らしいことだ。残念ながら、親父のページは私に何の断りもなく非アクティブ化され削除されてしまったが。気がついたときには、もう消えていた。Facebookは、もう手の施しようがないと話していた。そのことは、私の、そして家族の他の者たちのトラウマになっている。そこには数多くの交流、考え、微笑みがあった。タイムライン。いや、タイムカプセルだ。消えてしまった。親父と同じように。

バリー:お前がときどきTwitterをやるのに、歳を取りすぎたなんてことは絶対にない

ドリュー:親父の場合はTwitterにはぜんぜん遅くないよ!

巨大ハイテク企業はいろいろな点で優れているが、彼らには、共同体としての共感力と人の心が欠けているようだ。人が自分で作ったものを使い、それを人と同じように扱わなくなって、ただのビットやバイトや金儲けの手段としか思えなくなるのは、魂を売り渡すのと同じことだ。ただ歳を取ったせいかも知れないが、私はイヤと言うほどそれを味わってきた。偉大なるバリー・オラノフの言葉を引用しよう。

バリー:馬鹿言うな

Twitterには、このことを考えてほしい。うまくやってほしい。なぜなら、あなたがたの人間性を私が疑うたびごとに、私は、そもそもTwitterをここまで大きく育てた素晴らしきユーザーである自分から遠ざかってゆくからだ。

【編集部注】Drew Olanoff(ドリュー・オラノフ)は16歳でAOLに入社して仕事を始めたギーク。後にTechCrunchのシニアライターとなる。現在はベンチャー株式ファンドであるScaleworks(スケールワークス)のコミュニケーション部門副社長を務める。

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(翻訳:金井哲夫)