AIの普及に必要な次の一手はジーニアスチップの開発

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Marshall Choy(マーシャル・チョイ)氏はSambaNova(サンバノヴァ)の製品開発リーダー。数十年にわたり、Oracle(オラクル)やSun(サン)など、業界をけん引する企業とともにエンタープライズ向けのハードウェアおよびソフトウェアエクスペリエンスを実現してきた。

もし携帯電話を使うための電力を確保できる地域が世界の10%しかなかったら、果たしてモバイル機器が今のように世界を変えていただろうか。

「未来はすでにここにある。ただ、世界中に均等に分布していないだけだ」という言葉をよく聞く。この言葉は、とりわけ人工知能(AI)と機械学習(ML)の世界に当てはまる。世界には多くの高性能なAI / MLアプリケーションがすでに存在しているが、その多くは、既存の大手企業または国家レベルでしか用意できないスケールの膨大な演算能力を必要とする。このようなCPU負荷の高いテクノロジーは別の障害にも直面している。ムーアの法則が頭打ちになり、従来型チップアーキテクチャの処理能力が物理特性の限界に達しようとしているのだ。

シリコンアーキテクチャの処理効率のブレークスルーが起こらなければ、AIによる未来は不均等に分布されることになり、膨大な数の人たちが、AIによって利便性が向上する生活を経験できずに終わってしまうだろう。

テクノロジーに次の革新的な段階が訪れるかどうかは、シリコンアーキテクチャを現在のソフトウェアと同様に柔軟で効率的なものにし、かつ最終的にはプログラミング可能にするような大変革が完遂されるかどうかにかかっている。MLを簡単に利用できるような大きな進歩を実現できなければ、数社の企業が重要なテクノロジーをすべて専有する状態になり、利用者は、イノベーションがもたらす 計り知れない恩恵を受けられないことになるだろう。何を変える必要があるのか。変化はどのくらいの速度で進んでいるのだろうか。そしてそれはテクノロジーの未来にとって何を意味するのだろうか。

AIの民主化は不可避、スタートアップと中小企業にとっては朗報

テック業界に限らず、業界大手企業の社員にとって、筆者がこの記事で提示する現在のAI / MLコンピューティング能力が抱える問題の多くは、自分には関係のないことだと思えるだろう。

これからは、規模や財政状況とは関係なく、あらゆる組織がAIとMLを使ったパワフルなソフトウェアに同じようにアクセスできる時代がやってくるはずだ。もしあなたが、財政的にも能力的にもリソースが不足している企業で働いているなら、そんな新しい時代の到来を予言するものとして、以下をお読みいただきたい。携帯電話がインターネットアクセスの民主化を実現したように、業界では今、AIをより多くの人に行き渡らせようとする動きが起こっている。

もちろん、このような民主化は、実際により多くの人がAIを利用できるようにする重大な技術的進歩がなければ起こらない。Intel(インテル)やGoogle(グーグル)などの企業(IT Peer Network記事)が素晴らしい仕事をしていることは認めるが、民主化を起こそうという意欲だけでは足りない。そのような民主化を可能にする未来の技術的な変化をいくつか見てみよう。

普通のチップからスマートチップを経て「ジーニアス」チップへ

長い間、CPUの重要度を測る目安は素の性能だった。CPUの設計も素の性能を高めることを目指して改善されてきた。しかし、ソフトウェアがあらゆる場所で使われるようになると、プロセッサもスマートになることが求められるようになった。処理効率の高いコモディティとしてのプロセッサだ。そんな中で登場したのが、GPUのような専用プロセッサだ。「スマート」チップと呼んでもよいだろう。

このようなグラフィック専用プロセッサは、ディープラーニングの関数処理においてCPUよりも優れていることが運良く明らかになり、最新のAIとMLではGPUが重要な役割を果たすようになった。こうした経緯を見れば、次に進むべき方向は明らかだ。グラフィックアプリケーション専用のハードウェアを作ることができるなら、ディープラーニング用、AI用、ML用の専用ハードウェアを作らない手はない。

今後数年は、さまざまな要因が重なって、チップの製造とテック業界全般にとって極めて重要な時期になると思われる。第一と第二の要因は、ムーアの法則(集積回路のトランジスタの数は2年ごとに2倍になるという予測)が頭打ちになっていることと、デナード則(ワットあたりのパフォーマンスはほぼ同じ割合で2倍になるという法則)が終焉を迎えていることだ。この2つの法則を合わせると、新世代のテクノロジーが登場するたびに、チップの集積密度と処理能力は2倍になり、消費電力は変わらないということになる。しかし、現在、線幅はナノメートルのレベル、すなわち物理的な限界に達している。

第三に、さまざまな物理的な課題が重なって、次世代のAI / MLのアプリケーションで求められる演算能力は、我々の想像を超えたものになる。たとえばニューラルネットワークをトレーニングして人の画像認識能力の数分の1のレベルを実現するだけでも、驚くほど困難で、膨大な演算能力が必要となる。最もCPU負荷の高い機械学習アプリケーションとしては、自然言語処理(NLP)、数十億あるいは数兆の可能性を処理するレコメンデーションシステム、医療や天文学の分野で使用される超高解像度のコンピュータビジョンなどがある。

つまり我々は、言葉を話したり、深宇宙の物体を特定したりする方法を学習するには、脳の働きを模倣したアルゴリズムを作成してトレーニングする必要があることは予測できていたとしても、本当に役に立つ「インテリジェント」なモデルにするためにどの程度のトレーニング(つまりは処理能力)が必要になるのかという点については想像できなかった、ということだ。

もちろん、多くの組織がこうした複雑なMLアプリケーションを実行している。しかし、そうした企業の多くは通常、ビジネス分野または科学分野のリーダーであり、膨大なコンピューティング能力とそれを理解して導入する豊富な人材を活用できる。このような大手企業を除くすべての企業は、トップレベルのMLおよびAIアプリケーション開発の世界から締め出されてしまっている。

次世代のスマートチップ(「ジーニアス」チップと呼んでもよい)が効率性と専門性を実現することを求められるのも、こうした理由からだ。チップアーキテクチャは、その上で動作するソフトウェアに合わせて最適化され、ソフトウェアの実行効率を向上させるものに変わっていくだろう。とてつもない演算能力を必要とするAIがサーバーファーム全体を専有するといったことがなくなり、業界の多くの企業が平等に利用できるようになれば、広範なディスラプション(創造的破壊)とイノベーションのための理想的な条件が整うだろう。チップアーキテクチャとソフトウェア中心型ハードウェア設計の分野でこのような進歩が間もなく達成されれば、高価でリソース集約的なAIの民主化が進むだろう。

将来を見据えたイノベーションにあらためて注目する

AIはその性質上、ハードウェアの開発者とユーザーに特殊な課題を突きつける。変化の程度も極めて大きい。我々は、人間が書くコードからソフトウェア2.0へと飛躍する大変革の時代を生きている。つまり、エンジニアが機械学習プログラムをトレーニングして、最終的にはプログラム自身が自分で動くようになる時代がやってくる。さらに、変化のスピードも前例がないほど速い。MLモデルは数ヶ月、いや数週間で古くなる場合がある。また、トレーニングを行う方法自体も日進月歩で進化している。

しかし、新しいAIハードウェア製品を開発するには未だに、設計、プロトタイピング、キャリブレーション、トラブルシューティング、生産、配布というステップを踏む必要がある。概念の段階から実際に製品化されるまで2年かかることもある。もちろん、ソフトウェアのほうがハードウェアよりも開発期間が短いのは普通のことだが、今や、この開発スピードの差は妥協し難いものになっている。我々は、ますます予測不能になる未来に向けて、自分たちが作るハードウェアについてもっと賢くなる必要がある。

実際、テクノロジーの進歩を世代として捉える考え方は崩壊しつつある。MLとAIに関していえば、「現在分かっていることの大半は完成品が出来上がるまでには古くなっている」という予測に基づいてハードウェアを構築する必要がある。柔軟性とカスタマイズは、AI時代に成功するハードウェアの主要な特性となるだろう。そしてそれは、市場全体がさらなる成功を収める道でもある。

こうしたテクノロジーを活用しようと考えている企業は、最新モデルや専用のアルゴリズムにリソースを大量に消費する代わりに、MLやAIのモデルに対する需要の進化と変化に柔軟に対応できる処理スタックを選択できるようになるだろう。

これにより、AIに精通したあらゆる規模とレベルの企業が、長期的に創造性と競争力を維持できるようになり、ソフトウェアがハードウェアによって制限されている状況で発生するスタグネーションを回避できるようになる。その結果、より興味深く予想もしなかったAIアプリケーションが、より多くの組織に行き渡るようになるだろう。

本物のAI / MLテクノロジーの広範な普及

公言するのは筆者が初めてだろうが、テック業界は目新しいものに飛びつく傾向がある。ビッグデータであらゆるものが解決できると言い、IoTが世界の救世主となると豪語したときもあった。そしてAIは今、テック業界がこれまでに間違いなく何度も経験してきたのと同じハイプサイクルを経験している。現在、AIをまったく活用していないというテック企業を見つけるのは難しいが、そうした企業はどちらかというと高度な分析に似た極めて基本的なことを実行している可能性が高い。

筆者は、これまでに我々が大きな期待を寄せていたAI革命はまだ起こっていないと確信している。しかし、AIの真の力を活用するハードウェアが今後2~3年でより多くの企業に行き渡るようになれば、今度こそAI革命が実現するだろう。強力なトップクラスのMLおよびAIテクノロジーが広範に普及した場合に起こる変化とディスラプションを自信を持って予測する方法はほとんどないが、まさにそこが重要な点だ。

携帯電話はごく普通の人たちに驚くほどのパワーをもたらし、大半の人は技術的、金銭的な障害に直面することなく携帯電話を使えるようになった。柔軟性が高く、カスタマイズ可能で、将来性のあるソフトウェア定義のハードウェアについても同じことが起こるだろう。可能性は無限だ。そして、それはテクノロジーの大転換点となるだろう。AIの民主化とコモディティ化の波及効果はテック企業だけにとどまらない。最新の高性能AIに誰でも手が届くようになれば、これまで以上に多くの分野で前途が開けるだろう。

AIがもたらすと考えられているあらゆるディスラプションや、AIが起爆剤となって飛躍を遂げることが期待されている分野など、AIに対する熱狂的な期待の多くが今後数年で今度こそ本当に現実化していくだろう。こうしている間にもAIを進化させるテクノロジーは登場しており、すぐにもさまざまな業界の多くの人に利用されるようになる。そして、そうした人たちが、新たに手にした開発環境を土台に、驚くような進歩を実現してくれることだろう。この未来の一員になれると考えると本当にワクワクする。この未来に実現されるあらゆる進化が楽しみだ。

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カテゴリー:人工知能・AI
タグ:コラム

画像クレジット:KTSDESIGN/SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images

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(翻訳:Dragonfly)