米国のワクチン接種証明アプリ、倫理面でのリスクが潜む中で企業による開発が進む

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米国では、新型コロナウイルス感染症のワクチンを接種すると、CDCが発行する小さな紙のカードを渡される。基本的にこのカードが、ワクチン接種済みであることを示す唯一の証拠である。すぐに紛失してしまう可能性もあり、何とも頼りない証拠であるようにも感じるが、米国では今、この紙をデジタル版の証明書に置き換えることが政治的な非難の矢面に立たされている。

それにもかかわらず、多くの企業がこの問題に取り組み「ワクチン接種パスポート」と呼ばれることもある実用的なデジタル形式の証明書を作り出そうとしている。実際のところ、多くの人がワクチン接種パスポートと呼ぶものは、単に、ワクチン接種を受けたことの証明として、スマートフォン上で携帯できるものであり、財布に入れて持ち歩けるカードのことではない。

デジタル形式の証明書については、プライバシーを理由に反対する声も上がっている。他方、この方式を市民的自由にかかわる問題だと主張する声もあり、中には、しかるべきテクノロジーやインターネットに対する公平な利用機会が与えられていないことに関連する、公平性をめぐる問題を指摘する人々もいる。

まだ答えが出ていない倫理上の問題に関して意見の一致が見られないことを受け、フロリダ州ジョージア州をはじめとする一部の州は、少なくとも、州政府のサービス提供に際して提示を義務づけることや、一元型のワクチン接種記録保管システムを構築するために州政府が持つ電子式接種パスポート記録の使用を禁止した。アイオワ州知事は2021年5月、事業者と同州に対し、カードが物理的なものかデジタル形式かにかかわらず、サービスの利用にあたって何らかの証明を求めることを禁止する法律に署名した。

これらのことは、各州の州法や行政命令の間に統一性がないことを示す少数の例にすぎない。統一性がないため、この問題を解決する製品の開発に取り組む企業は従来以上に複雑な状況に直面している。しかし、すべての州がデジタル形式のワクチン接種記録を禁止しているわけではない。2021年6月上旬、カリフォルニア州は、ワクチン接種のデジタル記録を請求するための登録制度を開始した。またニューヨーク州は、ワクチン接種の証明を自分のスマートフォンにダウンロードするための制度を2021年の初めに発表している。こうしたアプローチについては後ほど詳しく取り上げる。

ワクチン接種カードのデジタル化について、明らかな意見の対立があるにもかかわらず実行に移したらどのようになる可能性があるのかを探るため、複数の専門家に話を聞いた。

実務上の問題

感染症と病院疫学などを専門分野とする、ボストンのTufts Medical Center(タフツ医療センター)のShira I. Doron(シーラ・I・ドロン)博士によれば、問題は見かけほど単純ではない。

まず初めに、ドロン博士は、州間で記録保管方法が一貫していないことを指摘した。学校の体育館から薬局、球場まで、あらゆる種類の場所でワクチン接種が行われてきており、接種者にかかりつけの医師がいると仮定して、これらの記録がそのような医師のところまで届いているのかどうかは定かではない。

「(ワクチン接種が開始された)12月15日から(集中型記録保管を念頭に置いて何らかの制度が)展開されていたなら(ワクチン接種パスポートは)うまくいっていたはずです。しかし、そうではありませんでした。ですから、もし今、誰かが担当して、過去に遡ってそのような証明書を発行してくれるのでしたら、そのような制度はうまく行くかもしれません。もちろん、そうすることの倫理性に反対している人も大勢います」とドロン博士は述べた。

ドロン博士にとって、つまるところ、問題は感染率だ。ワクチン接種者の増加に合わせて感染率が低下し、感染率が10%未満に下がったという理由だけでも安全性が高まり、何らかの証明書を必要とする状況がともかくも緩和される可能性がある。「もっと理想を言えば、さらに感染率を下げてワクチン接種率を上げることによって、建物に人が入ってきても心配せずに済むようにすべきだと思います」とドロン博士は述べている。

ブロックチェーンの活用

感染率が望ましい水準よりも高いままである場合や、大学などの事業体が請求を希望している場合、紙のカード以外にワクチン接種証明書をどのように提供するのであろうか。ブロックチェーンを挙げている人々もいるが、このアプローチに異論がないわけではない。ニューヨーク州は、同州のExcelsior Pass(エクセルシオール・パス)という名称のワクチン接種証明書に、IBMのブロックチェーン技術を使用している。しかしプライバシーの重視を唱える人々は、そのような技術を使用することで、個人の医療情報の機密性が危険にさらされるおそれがあると懸念している

IBMのアプローチの考え方は、自分の担当医が利用している医療ポータルや、IBMと提携している自分のワクチン記録の保管場所に行ってもらうというものだ。このポータルには、スマートフォンや携帯電話で写真を撮ってデジタルウォレットに保存できるQRコードが表示される。そのQRコードを何らかの場で提示すると、それが専用のスキャナーアプリケーションで読み取られ、ワクチン接種の証明(または直近の陰性の検査結果)が表示される。最後に、その場で運転免許証などが補助的な本人確認書類として使用され、本人かどうかの確認が行われることになる。

ここで問題となるのは、そもそも、このようなケースでなぜブロックチェーンを使用するのかということだ。IBMのPayer and Emerging Business Networks(支払人・新興ビジネスネットワーク)のグローバルVPであるEric Piscini(エリック・ピシーニ)氏は、主に3つの理由があると述べている。「1つ目は、ブロックチェーンではデータの改ざんが不可能であり、そのことが極めて重要であるという点です。これこそ、ブロックチェーンが使用される(大きな)理由(の1つ)です。2つ目は、これも非常に重要なのですが、そのプラットフォームの分散化によって、(ワクチンに関するすべてのデータを)1カ所だけに集中させないことです。ブロックチェーンではデータが分散化され、さまざまな関係者によって管理されます。【略】3つ目【略】は監査証跡で、これは消費者としての私にとって重要であるだけでなく、私という個人を特定する必要がある『事業体』にとっても重要な要素です」とピシーニ氏は説明した。

しかし、これらはブロックチェーンの使用を正当化するのに十分な理由になるであろうか。Constellation Research(コンステレーション・リサーチ)のアナリストでエンドユーザーのプライバシーを専門とするSteve Wilson(スティーブ・ウィルソン)氏は、ブロックチェーン技術はワクチン接種のデジタル証明に使用するのに適していないと考えている。「基本的に、ブロックチェーンが新型コロナウイルス感染症に関するワクチン接種や検査に何らかの貢献をするとは思えません。ブロックチェーンの目的は、ある一連の事象の順序付けにクラウドソーシングで合意し、その順序を共有の記録に残すことにあります。それによって、ワクチン接種の管理に関する何らかの問題に対処できるとは思えません」とウィルソン氏は疑問を呈する。

問題に対するオープンソースアプローチ

先週、デジタル式のワクチン接種記録アプリを発表したカリフォルニア州は、他の州とは異なる道を進み、Smart Health Cards Framework(スマート・ヘルスカード・フレームワーク)と呼ばれるオープンソースのフレームワークを使用している。このフレームワークは、The Commons Project(ザ・コモンズ・プロジェクト、TCP)という組織により、Oracle、Microsoft、Salesforce、Epicなどを含む、医療分野とテクノロジー分野に優れた組織との幅広い連携を通じて開発された。

ザ・コモンズ・プロジェクトの共同創設者であり、Cornell Tech(コーネル・テック)のシニア・リサーチャー・イン・レジデンスであるとともにWeill Cornell Medicine(コーネル大学医学部)の助教授でもあるJP Pollak(ポラック)氏は、政府がワクチン接種記録を集中型データベースで作成しないことを明らかにして以降、ワクチン接種管理システム自体がかなり分断化されていることもあり、デジタル記録を作成するにはさらに難しい状況になっていると述べている。ポラック氏の組織は、この問題の解決策を生み出すために活動している。

「私たちがザ・コモンズ・プロジェクトで取り組んでいるのは、Vaccination Credential Initiative(ワクチン接種証明情報イニシアチブ)、略してVCIと呼んでいる運営グループです。このグループの主な目的は、うまくいけば将来に標準となる仕様をデザインして提唱することにあります。そのような仕様ができれば、そうしたさまざまなワクチン支給団体すべてが、署名付きの携帯可能な形式で同じワクチン記録を発行できるようになります」とポラック氏は話す。

それは、VCIが開発したスマート・ヘルスカードアプリの形で実現される。「私たちが構築して付け加えた段階は、(ワクチン接種に関する個人の)情報を、私たちがスマート・ヘルスカードと呼んでいるものに変える段階です。基本的には、その情報のすべてが接種者のCDCカードに登録されます。つまり、接種者の氏名、生年月日、接種したワクチンの種類、投与日、ロット番号、接種会場といった情報が登録されるわけです。そうしたあらゆる種類のことがこの証明情報にまとめられ、次にその証明情報に発行者が署名します」とポラック氏は述べた。

今週、カリフォルニア州の他にルイジアナ州も、ザ・コモンズ・プロジェクトが開発した解決策の正式な運用を開始した。ウォルマートは先日、同社を通じてワクチンを接種した人は誰でも、自分のワクチン記録のデジタル版をCommonHealthアプリ(Androidで入手可能)やCommonPassアプリ(iOSまたはAndroidで入手可能)に直接ダウンロードできるようになったと発表している。ウォルマートはまた、ワクチン投与を行っている他の複数の企業が今後数週間のうちに同社の先例に続き、これらの同じアプリを通じてデジタル記録を利用できるようにする予定であることを示唆した。

このアプローチは、必ずしも、テクノロジーの公平な利用機会、プライバシーや、ワクチン接種の証明を示すよう求められることの倫理性をめぐる批判のすべてを解決するものではない。しかし、情報を必要とする人に、その情報をオープンな方法によってデジタルで提供する手段を提供するものであることは間違いない。

居住地の州が選択する方式が何であれ、州が実際に何らかのアプローチをともかくも選択すれば、それに対してひと通りの賛否両論が生じることは避けられない。紙のCDCカードは、ウィルソン氏が指摘するように、外国旅行をする人々が数十年にわたり携帯してうまく機能してきた「イエローカード」と、多くの点で似通っている。

しかし、世界の人口のおよそ半数がスマートフォンを所有し、3分の2が何らかの携帯電話やスマートフォンその他を持つ2021年においては、このような記録がデジタル形式で提供されるようにするのは理に適ったことだと思われる。本稿で取り上げた問題を解決しようとするスタートアップや大企業は、優れた解決策を考え出すこと以上のことをしなければならない。こうした企業は、このようなアプローチを提示することにも意味があるということを、個人、事業者、政府に納得させる方法を考え出すことも必要で、あらゆることの中でそれが最大のハードルであるかもしれない。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:新型コロナウイルスワクチンアプリプライバシー個人情報アメリカ

画像クレジット:Carol Yepes / Getty Images

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(文:Ron Miller、翻訳:Dragonfly)