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【コラム】何千年も前から続く人類と「乳がん」との戦いにAIはどう貢献するのか

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この40年、毎年10月の「乳がん啓発月間」は、地球上で最も多く発生する癌であり、毎年約25万人の命を奪っている「乳がん」の認知度を高めることに貢献してきた。

乳がんは、古代エジプトにまでさかのぼる記録があるにもかかわらず、何千年もの間「口に出せない病気」と考えられてきた。女性は黙ったまま「尊厳」を持って苦しむことが求められていたのだ。

このような偏見が教育上の無知を助長し、ほんの数十年前まで乳がんは比較的研究が進んでいない病気だった。20世紀のほとんどの期間、他のがん治療が発展する一方で、乳がんを患った女性は、放射線治療や手術を受けることになるのだが、しばしば根治的な手術が行われたものの、大した効果が得られないまま、患者が傷つくことも多かった。

乳がんの死亡率は、1930年代から1970年代までほとんど変化がなかった。しかし、フェミニストや女性解放団体の努力により、乳がんの研究と治療は、男性優位の病院や研究機関の中で、正当な地位を得られるまでになった。その治療法は、一世代でがらりと変わったのだ。

1970年代には、乳がんと診断された女性が、その後10年間を生き延びられる確率は、およそ40%に過ぎなかった。それが今では、新薬や最先端の検診法、より繊細で効果的な手術のおかげで、その確率がほぼ2倍に伸びた。

このような変化に不可欠なのが、早期診断の重要性だ。乳がんの発見が早ければ早いほど、治療はしやすくなる。人工知能は、この乳がんの発見において、ますます重要な役割を果たすようになっている。2021年、英国の国民保健サービス(NHS)は、AIを用いて乳がんをスクリーニングする方法の研究を発表した。この方法は、人間の医師に代わるものではなく補完するものだが、放射線技師の不足を解消するのにも役立つ。新型コロナウイルスの影響からNHSが抱える検査の滞りを解消するためには、さらに2000人の放射線技師が必要とされているという。

いくつかのスタートアップ企業も、AIを使ってこの人手不足に取り組んでいる。英国のKheiron Medical Technologies(ケイロン・メディカル・テクノロジーズ)は、AIを使って50万人の女性の乳がんをスクリーニングすることを計画している。スペインのthe Blue Box(ザ・ブルー・ポックス)は、尿サンプルから乳がんを検出できる装置を開発中だ。インドのNiramai(ニラマイ)は、農村部や準都市部に住む多くの女性のスクリーニングに役立つ低コストのツールをてがけている。

しかし、生存率を高めるためには、再発のリスクが高い患者を特定することも同じくらい重要だ。乳がん患者の10人に1人は、初期治療後に再発し、生存率が低下すると言われている。

そのような患者を早期に特定することは、これまで難しかった。しかし、筆者のチームは、フランスのがん専門病院であるGustave Roussy(ギュスターヴ・ルシー)と協力して、再発のリスクが高い患者
の10人に8人を発見することができるAIツールを開発した。AIは、患者が必要とする治療を早期に受けられるようにすると同時に、リスクの低い患者が頻繁に不安な検診を受けなくて済むためにも役立つ。一方、製薬会社はリスクの高い患者をより早く募集することによって、乳がんの治験を加速させることができる。

だが、患者のデータのプライバシーは、迅速な研究の妨げとなる可能性がある。病院はデータを外部に送信することに慎重であり、製薬会社は貴重なデータを競合他社と共有したくない。しかし、AIはこのような問題の解決に役立ち、新しい治療法をより早く、より安全に、より安価に開発することを可能にする。

Federated learning(連合学習)は、データを病院から集約することなく、複数の機関のデータを使ってトレーニングを行う新しい形のAIで、研究者が必要不可欠でありながらこれまでアクセスできなかったデータにアクセスできるようにするために、欧州全域で使用されている。

我々はまた、最も侵攻性の高い乳がんがなぜ特定の薬剤に耐性を示すのかについて、AIを用いて理解を深め、化学療法よりも健康な細胞と腫瘍細胞との識別に優れた、新しい個別化された薬剤の開発に役立てている。

AIの影響力はますます大きくなっているものの、成果を向上させるために同じくらい重要なことは、医療は基本的に人間が行うものであるという認識である。どんなアルゴリズムでも、患者の最も暗い瞬間を慰めることはできないし、どんな機械でも、すべての患者が病気に打ち勝つために必要な回復力を植え付けて鼓舞することはできない。

私だけでなくすべての医師は、病気の治療と同じくらい患者を理解することが重要であると知っている。臨床医の共感は、患者の満足度の高さや苦痛の少なさに関係し、患者が困難な治療コースを続ける動機となり得る。ありがたいことに、乳がん治療にますます役立っているAI技術は、医師の能力を補完し、高めてくれる。

毎年、乳がんと診断される何百万人もの人々にとって、乳がんはもはや「口に出せない」病気ではない。10月の始まりを告げるピンクリボンの海は、最古の敵の1つである乳がんとの戦いにおいて、私たちがどれだけ進歩したかを示している。私たちは現在、この戦いに打ち勝ちつつあるのだ。乳がんを完全に根絶することはできないかもしれない。しかし、AIが患者の早期診断を助け、治療法の迅速な開発を可能にすることによって、数十年後には、もはや「乳がん啓発月間」の必要性がなくなるかもしれない。

編集部注:本稿を執筆したThomas Clozel(トーマス・クローゼル)医学博士は、Owkin(オウキン)の共同設立者兼CEOであり、パリのHôpital Henri-Mondr(アンリモンドール病院)の臨床非血液学の元助教授、ニューヨークのWeill Cornell Medicine(ワイル・コーネル・メディスン)のMelnick(メルニック)ラボの元研究員でもある。

画像クレジット:NYS444 / Getty Images

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(文:Thomas Clozel、翻訳:Hirokazu Kusakabe)