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ナイキのアスリート革新方法「ナイキスポーツリサーチラボ」とは

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8年前、Nike(ナイキ)はナイキスポーツリサーチラボ(NSRL)を拡張することを決意した。その当時、NSRLは本社の向かいにあるミアハムビルディングに入っていた。

現在NSRLは当時の5倍の規模となり、新設のレブロン・ジェームズ・イノベーションセンターの最上階で研究を行っている。このセンターは非常に広く、そのためアスリート、研究者、イノベーターたちが私たちの日々着用する製品の開発を共同で行うことを可能にしている。

研究者は、サッカーのスター選手であるMegan Rapinoe(ミーガン・ラピノー)氏や、世界最速のマラソンランナーであるEliud Kipchoge(エリウド・キプチョゲ)氏について、両足のミリ単位の違いから足が地面につくたびにどれくらいの力が地面に伝えられているかまで、あらゆることを研究しガイドラインを作成する。そしてクリエーターがそれを元にパフォーマンスを強化することの可能なアパレルや靴をデザインする。アスリートはナイキの科学者のサポートを受けながらトレーニングし、自分自身や自分の身体についてより深く知ることで、パファーマンスの向上に役立てている。

しかし、NSRLはただ単に世界のエリートアスリートのためだけに研究を行っているのではない。NSRLは、街の公園のコンクリートコートでバスケットボールをしている人や、一般のランナー、ナイキの「最もタフなアスリート」フィルムで強調されているような、妊婦や新しく親になった人向けの研究も行っているのだ。

ナイキのエクスプロア・チームスポーツ・リサーチラボ副所長のMatt Nurse(マット・ナース)氏は、ナイキが他社に先駆けてより深い理解をより速く追求しようとすることはたびたびあるという。

「ビックデータといった科学や、機械学習およびAIを使用した観察を通し、よいパフォーマンスを引き出すためのさまざまな新案を見出そうとしています」。

ナース氏によると、ラボを訪れる人の80%から85%はさまざまな体の特徴を持つ、多様なバックグラウンドの一般アスリートだという。ナイキは、この新しい環境で何千人もの人をラボに迎え入れる計画で、これを通し新しい知見を得、開発の速度を高めようとしている。

ナイキは最近、メディアの人々を招待し、ナイキ製品の開発のためにアスリート、研究者、イノベータが一丸となって取り組んでいる様子を取材者自身に体験してもらう取り組みを行った。

レブロン・ジェームズ・イノベーションセンターの入り口(画像クレジット:Rae Witte )

75万平方フィートのレブロン・ジェームス・イノベーションセンターの入り口は、データとデザインを活用してイノベーションを生み出そうという、ナイキが約10年に渡って行ってきた取り組みの方向性を伝えるものとなっている。

レブロン・ジェームズはプロとして通算3万ポイントを達成したわけだが、彼が打ったすべてのシュートがどの位置からのものだったのかを示すマークが、ゴール前のつややかなコンクリートフロアの上に記されている。シュートが決まった場合には金色の点、はずれた場合にはただの円になっている。特別なシュートにはやや大きめの文字入りのマーカーがついているが、そこには彼の最初のシュートと、2万ポイント目のシュートも含まれている。

メインフロアの上は、アパレル、シューズのプロトタイプが置かれていて、デザイナーやクリエイターがロボットや3Dプリンターを使って仕事をするスペースになっており、ニット、ファブリック、刺繍セクションもある。また、ナイキの共同創設者であるPhil Knight(フィル・ナイト)氏が陸上競技会場へ出向くのに使用したトラベルトレーラーであるウィネベーゴの複製すらある。ナイト氏は、アスリートからフィードバックを得ようと競技会場でナイキの最も初期の靴を配ったのだ。

8万4000平方フィートのNSRLは建物の最上階を占め、そこで研究者とアスリートがともにナイキの靴や服を開発する。NSRLには、フルサイズのNBA企画のバスケットボールコート、200メートルの陸上トラック、人工気候室、人工芝のフィールドが設けられている。これらのエリアには、フォースプレート92個、モーションキャプチャカメラ400台、プロトタイピングマシン80台が置かれている。

ナース氏が豪華な体重計と表現するフォースプレートが、トラックや人工芝やバスケットボールコートの下に配置されている。通常の体重計は乗ると1つの数値を示すだけだが、フォースプレートは、垂直の動きだけでなく、横や前後の3次元の力のかかり方を1秒間に数万回測定可能という。

例えば、ランナーがトラック上にいる場合、足が地面に着地しそして蹴り出す力を測定することができる。

NSRLには余剰スペースがあり、そのため流動的で制限の少ないゲームプレイと動きの測定が可能である。

「ここでの目標の1つは、アスリートがフルスピード、フルモーションで持続的にプレイできるようにすることです。規模の小さな施設だと決められた動きしかできず、それ以上の研究ができないことがあります。私たちの施設では、アスリートに自由に動いてプレイしてもらうことができます」とナース氏はいう。

ラボでのテスト

ここにあるすべてのツールをどのように使用して制御された実験を行い、観察のためのビックデータを収集するかを研究者に知らせるためには「量、行動、反応」の三角形の3つの柱を理解する必要があるとナース氏はいう。「私たちが量、行動、反応を把握することができれば、プロトタイプから情報を得ることができます。これが問題解決のいとぐちになると思います」。

ラボの見学ツアーで、私たちはナイキがアスリートのためにデザインしたのと同じ、バスケットボールコート、陸上トラック、人工芝、そしてトレッドミルなどでのテストを体験した。

まず全身スキャンを行って、どのナイキアパレルが最適かを決定し、形態学的な身体サイズの追跡と骨格筋および筋肉の非対称性の調査、足と足首の3次元スキャン、裸足歩行圧テスト、といったベースラインデータの収集を行ったあと、応用パフォーマンスイノベーショントレッドミルの上を走った。私は快適に感じるジョギングスピードを選び2、3分走るように指示をされたのだが、その間、研究者は分析のためにそれを記録した。

研究者は、アスリートの走り方が跳ねすぎてはいないか、つま先で走っているか、前傾姿勢になりすぎていないかなど、フォームについての観察結果を知らせてくれる。

また、研究者は機能的なアドバイスもしてくれる。例えば、前傾姿勢になりすぎているランナーはより効率よく走るために、臀筋またはハムストリングスを強化する必要がある、といった具合である。

研究者は、生体力学的な知識と、製品やアスリートを理解するためのアルゴリズム開発を通じて、このテストをベースラインデータと組み合わせ、より速く走ることができるか、より長時間走ることができるか、そして体へのストレスのかかり具合が少ないかどうかなど、最も効率のよいパフォーマンスをするための靴についてアドバイスをしてくれる。

トラック

トラックは、人工芝のフィールドとバスケットボールコートを囲む形で配置されている。トラックには長時間のランニングや、スタートといったより個別化したテストに使用することのできるフォースプレートやモーションキャプチャカメラが装備されている。ledラビットまたはペーサーにより実験にさらにもう1つの制御がかけられ、また屋外を走るシュミレーションのために100メートルのコンクリートストリップが設けられている。

トラックでは、二足の靴をテストすることができた。そのうちの1足、Infinity Reactsは足の保護と身体へのストレスの軽減、安定性を重視した靴である。私はこの靴を履き、ナイキランクラブの平均ランナーのマイルペースである11分37秒より速く、そしてマラソンを2時間未満で走るエリウド・キプチョゲ氏よりだいぶ遅いのだが、自分が快適に感じられる速度で(1日中トラックを回転している緑に光るLEDペーサーがペースを知らせてくれる)トラックを周回することができた。

しかし、エリートランナー用の紐靴、ZoomX Invincibleを履いて1周しようとした時、私たちはそのクッションシステム(誇張されたフォームとエアシステムソール内にカーボンプレートを備えた超軽量のシステム)が私の足に合わないことを発見した。

私の足の幅は狭く、足首は以前怪我をしたことがある上フレキシブル(あるいはゆるいまたは弱いと私は考えている)である。ランニングフォームは適切であることがわかったものの、私がランナー向きではないことは認める。クッションシステム構造は一部のランナーには最高に効率がよいのだろうが、私には合わず、走りが非常に不安定になってしまった。

ナイキスポーツリサーチラボのトラックを走るアスリート(画像クレジット:Nike)

これが幅広くアスリートを調査する必要がある理由である。キプチョゲ氏のようなランナーを研究することは信じられないほど貴重なことである。というのも彼は非常に効率のよい体をしていてマラソンを完走するのに5時間も必要としないため、それほど長時間走ったことがないのだ。しかし、世界の平均マラソンランナーの所要時間は4時間20分から4時間40分の間である。

この広範囲に渡るデータ収集により、複数の靴を通じて靴の革新を行うことができ、それによってナイキが、エリートマラソンランナーか一般のジョガーかに関わらず、どのランナーにも合う靴を開発することが可能になっている。

人工芝

人工芝の研究を行うターフラボはNSRLで最大のデータキャプチャ量を誇り、ナイキによると、そのデータ量は世界最大かもしれないとのことだ。人工芝の下にはフォースプレートが装備され、ゲームでの動きやより制御された実験のモニターが行われている。研究者は異なるスピードで異なる方向へ動きながら、他のプレイヤー、人工芝、クリーツ、ボールに関与している最大22人のプレイヤー(実際にサッカーのゲームをした場合にフィールドにいる人数である)のデータを集めることができる。また人工芝はターゲットを投影することのできるスクリーンを備えており、シュートやパスの正確性を記録することができるようになっている。

ナイキはサッカーシューズでは2つの部分に特に力を入れているのが、それらは機能的に非常に異なっている。ソール部分は移動のための推力が必要であり、一方上部はドリブル、パス、キックのための動きが重要になってくる。

ナイキスポーツリサーチラボでのゴールのシュートのシミュレーション(画像クレジット:Nike)

フィールドの周囲には200台のカメラが設置され、サブミリメーターの動きをキャプチャしており、ターフの下には15台のフォースプレートが配置されている。制御された環境でアスリートの動きを計測することで、研究者はパフォーマンスのための、そして保護のための極めて小さな変化を突き止める事ができ、そうした発見の多くは野球、フットボール、ラグビーなどの他のフィールドスポーツに適用される。

サッカーのテスト中、私はゴールを狙う動きのシミュレーションを行った。これにはあたかもディフェンダーをタックルしているかのようなシャトルランや、ディフェンダーの周りを走ること、ゴール内にあるスクリーンに投影されたターゲットにシュートをする、といったことが含まれていた。

このシミュレーションでは、私がカットバックした際の力、定められたルート全体でのタイミングや俊敏性、ターゲットが投影された瞬間の私の意思決定のタイミング、ボールがターゲットに対してどれだけ正確にあたっているかがキャプチャされた。

このテストの結果はアスリートの体格、彼らにどれほどの爆発力があるか、そして彼らがフォースプレートをどれだけ速く押し出すことができるかを物語る。シューズの推力に加え、力が彼らの動きのスピードに変換される。推力が不十分な場合、同じレベルの力では速度は遅くなる。

推力に優れてはいるが、靴の上部の作りのために、足を包み込む性能に乏しい靴の場合、靴の中で足が滑ってしまう。靴が地面と効率よく作用している一方、足そのものは効率よく作用していないからである。

対照的に、上部が足を包み込む性能に優れていても推力に乏しい場合は、靴は足にはフィットするものの、地面の上で滑ってしまう。こうしたデータにより靴に修正を加えることができるようになっている。

バスケットボールコート

近くのバスケットボールコートの下にもフォースプレートが設置されていて、バスケットボールプレイヤーのために、同様のデータをキャプチャしている。

プレイヤーはモーションキャプチャカメラに取り囲まれ、心拍数やコートでの動きの速度を追跡するセンサーを身につけている。センサーで追跡された数値は、壁にある大きなスクリーンにリアルタイムで投影されている。これらに加え、フープの下に4Kカメラを備えたフォースプレートがあり、スニーカーのソールがフロアとどのように相互作用するかを記録することができる。

スニーカーの剛性あるいはソールの厚みに応じ、靴によってスピードがどの程度影響を受けるのかを、データを追跡するモーションセンサーと組み合わせて追跡し、センサーが動き全体を通してアスリートの心拍数を追跡している間、ソールが床とどのように接触しているかをすべて観察および確認することができる仕組みだ。

フープ内に設置されている別のカメラは、フープ内を通過するボールの位置を記録する。これらのシュートから収集されたデータは、フープを通過するより一貫した効率的なシュートを生み出すにはどういった機能調整が必要かを示してくれる。

  1. Basketball-at-the-Nike-Sport-Research-Lab1

    (画像クレジット:Nike)
  2. Basketball-2

    (画像クレジット:Nike)
  3. Basketball-at-the-Nike-Sport-Research-Lab3

    (画像クレジット:Nike)
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    (画像クレジット:Nike)
  5. Basketball-at-the-Nike-Sport-Research-Lab5

    (画像クレジット:Nike)
  6. Basketball-at-the-Nike-Sport-Research-Lab6

    (画像クレジット:Nike)
  7. Basketball

    (画像クレジット:Nike)

 

人工気候室

着用者による水分管理のニーズの違いを理解することで、デザイナーは、より機能的な服を作るガイドラインを得ることができる。私たちは暑い気候室と寒い気候室の2つの気候室を見学した。この気候室は、気温を-20度から50度以上に、湿度を10%から90%まで、そして風速を調節できる。また、太陽光線の出方と一致する2種類の電球を使用して、太陽の放射熱をシミュレートすることができるようになっている。

気候室はこうした精度で設定できるため、私たちが訪れた日は、ホットタンクが摂氏34度、湿度70%と、この夏にオリンピックが開催された8月6日の東京とまったく同じ気候に設定されていた。この温度と湿度のために、スタッフやアスリートの中には、熱性疲労で手当を受けなければならない人々もいた。

気候室を活用することで、ナイキは、アパレルデザインまたは機能のゾーニングのどういった違いが衣服の通気性に最大の影響を与えるのかを評価することができる。

人は汗をかくことで体温の調節をすることができるので、高温の気候室はアスリートの発汗反応とそれらが性、年齢、体の大きさでどう異なるのかを研究するのに使用されている。

スタッフは、私たちにヴェイパーマッチメンズサッカージャージを示し、ニットを変化させ最も発汗が多い部分へゾーニングしたことを示した。その様子はここの三枚目の画像で確認することができる。

逆に、ナイキNSRLトランスフォームジャケットは、屋外でのランニングに必要なさまざまな温度管理に対応したものになっている。袖は取り外してジャケットの裏にある収納場所に収めることができる他、ダウンの中綿を取り外すことが可能。このため、外へ出た直後から体が温まるまでの体温の変化に対応できるようになっている。研究により、ランナーの一日の走行距離の平均は5キロで、体温調節が最も必要になるのは、スタートから2.5〜3キロのあたりであることがわかった。そこを超えると体温は一定になり、それは5キロ以上走るランナーにも当てはまる。

最後になるが、なんとここには汗をかくサーマルマネキンがあり、人体にストレスをかけることなくゾーニング機能をテストすることができる。気候を調節できる部屋と決して疲労しないサーマルマネキンがあるため、デザインチームは多くの仕事をこなすことができるのだ。

クールダウン

私たちは、スポーツの世界において「精神的強さ」という言葉をよく耳にする。それらがパフォーマンスに影響を及ぼすとあって、ナイキがアスリートの心理を理解しようとしているのは理に適っている。

NSRLのラボでは、マッサージや鍼の他、身体が休養と維持のために必要とするものを利用できるが、彼らの研究はそういった身体的ニーズをはるかに超えたもので、被験者の精神状態をも研究対象としている。

メンタルヘルスは、メディアにおいてエリートアスリートについてのディスカッションのトピックになっている。Naomi Osaka(大阪なおみ)氏が記者会見を回避したり、 Simone Biles(シモーネ・ヴァイルス)氏が2020年の夏のオリンピックの体操女子総合決勝に欠場する必要性について公にするなどがその例である。

ベースライン測定を行う前に、私は認知評価を受けたのだが、これをもとに、一日の最後に学んだことを振り返った。驚くべきことに(おそらくそのように意図されているのだろうが)、その評価は、スポーツにおけるアスリートにも、人間として日々の行動にも簡単に変換して考えることができるものだった。

チームは、確実性よりも不確実性がずっと大きい場合がある、ということを指摘しつつ、意思決定についてや、アスリートが、失点を防ぐ、またはリスクを回避するという立場から意思決定を行いやすい傾向があるのかどうかを、さまざまな結果をもとに議論した。

これらの知見は、他のテストがフォームや機能の推奨事項を提供するのと同様に、認知の推奨事項にも適用できる。彼らはより良いアパレルや靴を作ろうとしているだけでなく、アスリートの能力のあらゆる側面を促進することに取り組んでいる。

例えば、コントロールの必要に悩んでいるアスリートは、結果そのものよりも、その結果を将来の成功やさらには成功へのプロセスに役立てる事ができる、という事実にもっと目を向ければよい。同様に、スポーツ心理学者は、ある一瞬やシュートの失敗といったことにいつまでもとらわれるのではなく、将来に向けたポジティブな結果を想像したり視覚化することを推奨している。

最終的に、この新しいレブロンジェームズイノベーションセンターは、ナイキのアパレルや靴のイノベーションを促進するとともに、アスリートの心身の健全性やパフォーマンスの向上といったことをサポートしていくだろう。

ここでは、問題解決に向け一面的なアプローチを取るのではなく、すべてに対しチームが一丸となってより大きなチャンスという側面からアプローチしている。このセンターの持つ可能性はすばらしいものがあり、今後ここからどのような製品が生み出されるのかが大変楽しみである。

レブロンジェームズイノベーションセンター(画像クレジット:Nike)

画像クレジット:Nike

原文へ

(文:Rae Witte、翻訳:Dragonfly)