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話題の金属有機構造体(MOF)とは何か?使い勝手良すぎるからこその問題と素材ベンチャーの壁

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今、注目を集める素材がある。京都大学高等研究院特別教授の北川進氏が発表したPCP(Porous Coordination Polymer、多孔性配位高分子)あるいはMOF(Metal-Organic Framework、金属有機構造体)と呼ばれるものだ。京都大学系スタートアップのAtomisは、MOFを中心技術に据え、その開発・活用を進めている。同社CEOの浅利大介氏が、MOFで何ができるのか。なぜ注目されているのか。何が課題なのか。理系科目が苦手な人にもわかるように説明する。

MOFとは何か?

MOFとは、多孔性材料の1つだ。多孔性材料とは、多数の小さな穴の空いている材料。液体や気体から、触媒や物質を除去・分離する際に広く使われる。

多孔性配位高分子(PCP/MOF)とは(画像提クレジット:Atomis)

人間が紀元前から活用している多孔性材料には、現在も水の浄化や脱臭など、多様な用途で使われている活性炭がある。18世紀にゼオライトという多孔性材料が発見され、20世紀から活用されるようになり、石油産業で必要不可欠となった。

多孔性材料の歴史(画像クレジット:Atomis)

「活性炭もゼオライトも、歴史ある多孔性材料ですが、その需要は現在でも伸び続けています」と浅利氏は話す。

1997年になると、京都大学高等研究院の北川進特別教授がPCPを発表する。これは、金属イオンと有機物を三次元的に組み合わせて作る素材で、ジャングルジムのような構造を持つ。

浅利氏は「北川先生の研究のポイントは、『これだけ穴がたくさん空いた構造物には、いろいろおもしろい用途が考えられる』ということです。そのため、この新しい素材をPCP(Porous Coordination Polymer、多孔性配位高分子)という名前で発表しています。一方で、同じ素材の研究をしているカリフォルニア大学バークレー校のオマール・ヤギー教授は、『この構造そのものが興味深い』という点を強調しています。そのため、同じものをMOF(Metal-Organic Framework、金属有機構造体)という名前で発表しています」という(つまりPCPもMOFも同じ構造物のことだ)。

MOFの特徴1:自由に設計できる

浅利氏によると、MOFの特徴は主に3つある。その1つが「自由に設計可能」な点だ。

「MOFは有機物同士を金属イオンでつなぎ合わせた構造物です。つなぎ目にあたる無機物の種類を変えることで、穴の形や大きさ、数を自由自在に設計・デザインすることができます」と浅利氏。

画像クレジット:Atomis

この自由度の高さは、どう画期的で、これまでの多孔性材料と何が違うだろうか。

「これまでの多孔性材料では、穴の形状や大きさ、数を人間の意のままに操作できませんでした。活性炭であれば、どの種類の木を使うのか、どうやって焼くのかなどの工夫を行うことで穴の形や大きさ、数を希望のものに近づけることが限界でした。しかし、MOFの場合、それらをきっちり人間の希望に合わせて設計できるのです。さらに、これまでの多孔性材料は、無機化合物でした。無機化合物は元素で素材が決まり、単一の無機物でしか組み立てることができず、構造も自動的に決まってしまいます。MOFはさまざまな有機物を金属イオンで結合するものなので、素材の特性も構造も自由自在なのです」と浅利氏は答える。

さらに、MOFは、構造の結合部ではない柱の部分に特徴を加えることもでき「CO2が付着やすい穴を作る」といったことも可能だという。このような構造物を作れば、空気中のCO2を回収することに活用できる。また、柱の部分を水と親和性の良いものにすれば、大気中から水を吸収するものを作ることができる。

MOFの特徴2:機能の多様性、MOFの特徴3:柔軟な多孔性

このように、MOFではサイズ、穴の大きさ、穴の特徴、形状などを自由自在に操れるため、その機能も幅広く考えることができる。これが2つ目の特徴だ。物質の分離、貯蔵、隔離、配列、触媒としての利用など、可能性は広がるばかりだ。

「当社も実際、食品、医薬品、電機、半導体、環境、電池、自動車、建材、宇宙開発などの企業からお声がけいただくことが多いです」と浅利氏。

そして3つ目の特徴が「柔軟な多孔性」だ。

「これまでの多孔性材料は、柔軟性に欠ける硬いものばかりでした。卵の殻をイメージするとわかりやすいかもしれません。そのため、使っているうちに潰れてしまうこともありましたし、穴を活用するにしても、物質が穴を出入りするような物しか作れませんでした。ですが、MOFは柔軟に結合しています。そのため、押せば穴が潰れるものの、放せば穴が元通りになるような、スポンジのような柔軟性が実現しています。

MOF関連企業は世界に24社

MOFは注目を集める素材だが、扱っている企業は多くはない。

「私の把握している範囲では、これまでに24社のMOF企業が誕生しました。ですが、MOFの実用化例はまだ少ない状況です。製品化にまでこぎつけられたのは米国のNuMat Technologies、英国のMOF Technologies、そして日本の当社のみです」と浅利氏は語る。

浅利氏によると、10年ほど前であればMOFを1kg生産するのには数百~数千万円かかったという。その後研究が進み、大企業でも活用を検討できる水準にまでコストが下がり、実用化への期待が高まっている。MOFはCO2回収に関して定評があり、特に最近では環境の側面からの期待が大きいという。

とはいえ、これらの企業が激しく競争しているかというと、そうでもないと浅利氏は見ている。

「これらの企業の中には、大学の研究者が研究費を得るために起業したものも含まれています。そうした企業はMOFのビジネス化や実用化を追求していません。実際にMOFでビジネスをしようとしているのはこの中でも一部です」と浅利氏は説明した。

素材ベンチャーの壁

浅利氏は「当社はMOFを扱う素材ベンチャーです。そして素材ベンチャーには特有のビジネスの壁があります」と話す。

素材ベンチャーは新しい素材を開発し、大手企業に売り込みに行く。必然的に新素材は既存の素材と競争することになる。大手企業からすれば、既存の素材でビジネスが回っているため、あえて積極的に新素材を検討するモチベーションは生まれにくく「試してはみるけれど、既存の素材より劣るところがあれば、新素材を活用しない」という流れになりやすい。

また、素材ベンチャーは新素材を作るところに集中するあまり、素材の用途を提案するところまで手が回らないことも多い。その結果「こんな素材を作りました。活用方法は各社で考えてください」というビジネスモデルになりがちだという。

浅利氏は「これではビジネスが安定しにくいのです。いうなれば素材ベンチャーの壁ですね」と説明する。

そのため、Atomisでは新素材を開発する「マテリアル事業」と、独自に新素材を用いた用途開発を行う「環境・エネルギー事業」の2本柱で素材ベンチャーの壁を打破しようとしている。

「マテリアル事業だけで投資家にアピールしても、結局『誰がその素材を使うのですか?』と切り返されます。『我々が、こうやってこの素材を使います』という答えが環境・エネルギー事業なのです。投資を受けるには、素材の用途まで視野に入れることが重要です」と浅利氏。

「量産」も壁

とはいえ、壁はこれだけではない。「誰が素材を生産するのか」も大きな問題だ。

浅利氏によると、製造業の企業で新素材の活用に熱心なところは少なくなく、企業から大学の研究所に声がかかることはよくあるという。

「ここで問題になるのが、一度に生産できる量です。例えばMOFは、大学の研究所で一度に生産できるのは、数mg〜1g程度です。しかし、素材の生産コストを計算するには、最低限一度に数キログラム程度の生産量が必要です。そこで、誰かが量産体制を構築しなければいけません。ユーザー企業の選択肢は2つあります。自社で量産方法を編み出すか、諦めるかです」と浅利氏。

ここで諦めるユーザー企業もあるが、量産を検討する企業もある。ただし、最終的に量産に漕ぎ着ける企業は多くはない。そこでAtomisは量産体制構築もサポートする。だが、量産そのものは行わない。

浅利氏は「素材ベンチャーは、自社の素材を使ってもらって初めてビジネスが成り立ちます。だからこそ、素材の製法を外に出したがらない。その結果、大量生産まで行おうと考えてしまいがちです。しかし、大量生産には一定の規模の生産設備、品質管理体制、品質管理のための多数の人材、規制対応など、幅広いリソースが必要になります。そしてこのリソースこそ、多くのベンチャー企業が持ち合わせていないものです。一方でユーザー企業は大企業が多い。大企業にとって品質と信頼は重要なものです。そんな大企業が、ベンチャー企業が大量生産した素材を使用できるのか。実際は難しい。そこで、当社は量産体制構築のサポートまでを行い、ライセンスを与えることで大企業に量産を任せることにしています」と話す。

MOFの使い方

ここまでMOFとは何か、素材ベンチャーはどんな課題を抱えているのかを見てきた。では、MOFは実際にどのように使われているのだろうか。

次世代高圧ガスCubiTan(画像クレジット:Atomis)

Atomisでは、MOFを使って次世代高圧ガス容器CubiTanを開発した。従来の高圧ガス容器は直径25cmの底に高さ150cm、重さ50kgで、ここ100年ほどイノベーションが起きておらず、同様の容器が使い続けられてきた。CubiTanはMOFの穴にガスを整列して並べることで効率的にガスを収納している。その結果、27cm×27cm×34cmのほぼ立方体型の容器となっている。さらに重さは8kg。軽量化にも成功した。さらに、CubiTanでは、IoTを活用してガスがどこにどれだけあるのかを把握することができ、遠隔管理できる。CubiTanは今後本格ビジネス化予定だ。

MOFはガスなど気体の分離・収納に活用できる素材として注目されているが、用途はそれだけではない。

「これまで気体を整列させられる素材がなかったので、気体を操作するためのソリューションとしてのMOFの側面が目立ちますが、気体でなくてもMOFは使えます。MOFの穴や枠の大きさは自由自在に変えることができるので、その穴や枠に収まるものであれば基本的になんでもその中に入れたり、通したりできます」と浅利氏。

例えば、特定の物質をのMOF枠の中に整列させてからMOFの枠を焼いてしまえば、その物質を自由に整形できる。MOFは一種の型としても活用できるのだ。

浅利氏は「ナノレベル、オングストロームレベルでものを並べられるので、例えばこれまでにない半導体を作ることも可能です」という。

「使い勝手良すぎ」問題

このように使い勝手の良いMOFだが、それゆえの課題もある。MOFは多様な物質をつなぎ合わせることができるため、いくらでも新しいものを作ることができる。これまでに発表されたMOFは10万種類ほどある。

「多くの場合、新素材といえば用途が限られているため、生産性を高めるための試行錯誤がすぐに始まり、深まっていきます。ですが、MOFはさまざまな構造を作れるため、多様なMOFの開発が進んだ一方で、開発したMOFの実用化や生産性を高める試行錯誤がそれほど進みませんでした」と浅利氏は説明する。

また、生産コストを下げる場合、限られた種類のMOFを多く生産すると単価が下がり、コストも下がる。しかし、MOFそのものの種類が増えてしまっては、需要もさまざまなMOFに分散してしまい、コストを下げにくくなる。

また、MOFは柱となる有機配位子というものを変えることで種類や特性を変えていくことができるが「有機配位子を変える」というプロセスにもお金がかかる。

浅利氏は「オーダーメードがMOFの強みですが、それゆえにコストが下がりにくいのです。MOFが競う相手は活性炭やゼオライトなどの既存の多孔性材料です。MOFの価格はこれまで1kgで100~1000万円程度でしたが、活性炭は1kgで数百円程度です。MOFのコストが1kgあたり1万円程度まで落とせれば社会実装が進むでしょう」と話す。

MOFの現実的なコストの下げ方

コストが下がりにくいMOFだが、下げるための道筋はあるのだろうか。

「戦略は主に2つです。1つは『少量のMOFを使えば性能が上がる』例を作っていくことです。例えば、フッ素樹脂コーティングでは少しMOFを添加することで耐久性が大幅に向上します。少量のMOFでも効果が示せるような使い方であれば高額なMOFを使っても十分ペイできます。もう1つは『圧倒的に高付加価値のMOFを開発する』ことです。例えば、エネルギー業界などで水素の需要が高まっています。水素だけを吸着するMOFを開発できれば、競合する素材は今のところないので、圧倒的な需要を得られる可能性があります。また、CO2をメタノールに変えて回収できるMOFを開発できれば、大きな需要を見込めます。メタノールはプラスチックも作れますし、燃料にもなるからです。このアプローチで需要を掴むことができれば、生産コストも下げていくことができるでしょう」と浅利氏は考えている。

実際、Atomisでは、上記の水素を吸着するMOFと、CO2をメタノールに変換するMOFを開発中だという。

MOFの実用化、活用拡大には、量産体制の構築、生産コストの低減、使用用途の提案など、多くの壁がある。しかし、エネルギーや環境分野を始め、多数の分野での活用が期待される、今後が楽しみな注目素材だ。